竜骨
@Kozo_atari
竜骨
わたしの住む街では、連日連夜の大雨が降り続いていました。
初めのうちは「わたし、雨の日って大好き」などと言っていたロマンチックな少女たちですら、ちっともお日様の見えない空にげんなりとしていました。
しかし、ある日のことです。空から「おーい、そろそろ雨をやませるよー」と野太い声が聞こえてきました。おそらく雨の神様か何かでしょう。実際にその声の言うとおり、次の日にはそんな雨もパタリとやんで、嘘のように晴々とした天気がやってきました。
人々はため込んでいた洗濯物をここぞとばかりに干しては回収してを繰り返します。町のいたる所に物干しのロープが張り巡らされ、それに袖を通した洗濯物たちが通行人の視界の邪魔をしていました。
ついに誰しも干したい物がなくなった、そんな時のことです、わたしは痺れを切らして愛車の三輪バイクとともに、行くあてもないツーリングへと出かけました。
というのも、多くの皆さんと違って、わたしにとってこんな天気のいい日というのは、仕事もなく、訪ねてくる人もいない、そんなどうしようもない日なのです。なので、どうせ今日だって誰とも会わないだろうと思い、明け方すぐに店前に「本日休業」の看板を出したというわけです。
せっかくこんな晴れた日だからと、わたしは砂漠の方へと向かうことにしました。もちろん、たっぷりの水と、サンドイッチは愛車に乗せています。わたしは喉が渇くのがとても嫌いです。あの自分の喉の広さを気付かされるベタつきを思い出すだけでも嫌な気持ちになります。
じゃあ、なぜ砂漠なんかに行くのかと言いますと、先ほども言ったように、晴れた日だからです。暑い日にあえて辛いものを食べたり、寒い日にアイスを食べたくなる欲求は誰にだってあるのではないでしょうか。それと同じです。どんな洗濯物でも乾いてしまいそうな日だからこそ、最も乾いた場所に行きたくなったのです。
愛車の背を撫で「さあ、行こうか」と伝えると、彼も威勢よくそのエンジン音を鳴らします。
町を出るまでの途中途中ですれ違った人々がわたしを見て、一瞬訝しげな表情を見せた後に、驚いて目を丸くします。おそらく、こんな晴れた日の下でわたしのことを見たことがなかったからでしょう。彼らのそんな表情を見れただけでも、雨のない日に外へ出た甲斐があったものだと、少し胸の空く思いがしました。
町を出てどれほど経ったでしょうか。砂漠に入り、日がどんどんと近づいて、汗が止まらなくなり、そして出なくなった頃このことです。すっかり喉に例の嫌な違和感を覚えたわたしは、少し行ったところに岩陰を見つけました。あそこで風呂敷を広げ、お昼休憩にしようじゃないかと思い、右手のアクセルをもう一捻りします。
顔に跳ねる細かな砂で頬に小さな傷ができたわたしは、実のところもういつでも帰っていいやという気分になっていました。なんの目的もないツーリングです。なにか簡単な理由で辞めたところで困る人はいません。砂漠でサンドイッチを食べた、その経験ができればそれだけで十分ではないか。思っていたよりも素敵なことが起こらなかった今日に言い訳をしました。
しかし、得てして不思議というのは望むのを辞めた時に起こります。
わたしが先ほど影を作っている岩だと思っていたのは、近づいてみると、巨大な生物の頭蓋骨であることがわかりました。一体なんの生き物でしょうか。昔絵本で読んだ巨大な竜のようにも見えます。
「なぜこんな巨大な骨がここに?」
それも、その頭だけです。体はちっとも見つかりません。わたしは三輪バイクを押しながら、その骨が作る日陰へと入っていきます。
すると、その右顎の付け根の部分に、寝そべって静かな寝息を立てている人がいました。顔の上につばの拾い帽子を乗せているので、その正体は分かりません。初めはこの暑さで倒れてしまった人ではないかと心配しましたが、周りに潤沢な水が透明なガラスの容器に入れられていることから、そうではないことがわかりました。ですが「であればなぜ」と、疑問が浮かびます。
声をかけてもいいものだろうかと悩みながら恐る恐る近づくと、わたしがたてた音のせいでしょうか、その人はむくりと起き上がり、顔の上に乗せていた帽子を地面に落としました。
「おや、めずらしい。迷子かい?」
あまりにもピンとした背筋とは裏腹に、その人は一般に「お婆さん」と呼ばれる頃合いの女性でした。少なくとも、私の母よりは年上でしょう。
「いえ、こんな乾燥した日に、砂漠でパサパサのサンドイッチが食べたいと思ったんです」
私がそう答えると、その女性は、
「おすすめしないね。気持ちはわかるが、二口目で後悔しちまうよ」
と、イタズラっぽい笑みとともに教えてくれました。ですが、私と彼女は同じ人間ではありません。同じ感想にならないことだってあるでしょう。
「この骨は一体?」
今度はわたしが質問します。
「これかい?いい質問だね。これは骨じゃないんだ」
「骨じゃない?」
「そりゃそうさ。こんな巨大な生き物いるわけがないだろう。これは全部アタシが一人で作ったんだ」
その女性は、誇らしげに言います。
「どうして?」
私は質問を続けてしまいました。一方的に質問を続けたので、知りたがりなやつだと思われたかもしれないと、言ってから少し恥ずかしくなりました。
しかし、そんなこと気にしていないよと言わんばかりに、その女性はどんどんとわたしにその理由を教えてくれます。
「アンタみたいなときはね、アタシも自分がこの世に何か名を残せる偉人になれるんじゃないかって、そんなふうに思ってたんだ。でもね、ある時、そんなの何も面白くなってことに気づいたんだ。これからの偉人ってのは謎が少ない。どきどきするような謎がね。みんな後の世に残っちまう。アタシはそうじゃなく、もっとおっきな謎をこの世に残してやろうって思ったのよ」
「これが、謎ですか」
「そう。アンタ、これを見てどう思った?」
「おっきいなって……」
「だろう?」
女性は自分の作り上げた巨大な頭蓋骨を誇らしく見上げました。
「何十年、何百年後かにこれを見つけた頭のいい奴らが、その立派な頭を抱えるんだ。これは一体なんなんだってね。それを想像すると、愉快でたまらない」
なんて迷惑な楽しみ方をするんだという気持ちがわたしの中に生まれました。しかし、そんな未来を想像したことがなかったわたしにとって、それは徐々になんとも羨ましいものに思えました。
「でもね――」
女性が寂しそうな表情になりました。
「――始めるのが遅すぎた。この頭を作るので精一杯で、体は間に合わないだろうね」
彼女が振り向いたその視線の先は、巨大な骨の喉に当たる空洞で、ぽっかりと空いたそこには、ただただ砂漠が広がっていました。
釣られて私もその空間を見つめていると、空が急に暗くなりはじめました。彼女の気持ちに砂漠が反応したのでしょうか、先ほどまでカラッカラに乾いていた砂漠にポツポツと急な水々が降り注いできました。雨です。砂漠にこんなにも雨が降ることを知らなかったわたしは慌てます。三輪バイクに積んだ荷物に雨よけを被せなければなりません。そうして、積荷の一部を解いていると、間違えて仕事道具を持ってきていたことに気がつきます。
「そうだ」
そして、砂漠の雨のように、私の頭にアイデアが降ってきました。
「すみませんが……マダム」
「婆さんでいいよ。むず痒い」
「では、お婆さん。少し外に着いてきていただけますか?」
そう言って、彼女を彼女の作った頭蓋骨の外へと連れ出します。手を引こうかと申し出ましたが、断られました。
薄暗くなった中、雨で視界が悪くなると、頭蓋骨はますますその迫力を増しています。ですが、なんだか少し愛嬌があるようにも感じられました。もし命があれば、すこし間抜けなところがあったかもしれません。そうならばとわたしはこの巨大な生き物の体を想像し、仕事道具をしっかりと握ります。
「ご覧ください!」
そうしていつものように道具を持った右手を軽やかにかかげると、その頭蓋骨からスッと背骨が伸びるように、緩やかな弧を描いた虹が現れました。
虹屋として働いてきた中でも、かなりの自信作となりました。
「どうですか?」
彼女の方を見ます。
「骨には全く見えないね」
彼女はそう言います。
「けど、悪くないね」
続けて言ってくれたその言葉に、わたしはお辞儀を返しました。
「あ」
しかし、そこでわたしは一つ、思い出したことがありました。
「サンドイッチ」
カラカラでパサパサなサンドイッチは一体どんな味だったのでしょうか。
終わり
竜骨 @Kozo_atari
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