夏のリンゴと春サクラ
渡辺つかさ
夏の日
春の桜の振り散る日、俺は生まれ変わった。俺は皆に愛され充たされていた。そんな俺に特に好意を向けてくれたのは長男のメガネである。メガネは暇な時間があれば常に俺を構おうとしてくるお節介な奴だ。お前は暇でも俺は忙しいんだよ。まったく、過剰なスキンシップはお断りだよ。実のことを言うと、俺自身メガネのスキンシップは満更でもない。満更でもないが、無抵抗で受け入れると調子に乗るから嬉しいなどとは口が裂けても言うまい。この気持ちは墓場まで持っていってやる。ここまでの俺の態度でわかると思うが、俺は自分で言うのもなんだが少し、本当に少しだけ気難しい性格だと自覚している。この性格で生きるのは正直損することが多い。だがこの性格あっての俺である。だから、俺はこの性格を後悔することはないし、治すつもりもない。まあ、治せないと言う方が正しいかも知れないが……。そんな生活も悪くないと思っていた矢先に俺に不幸が訪れた。
とある秋の日あいつが現れた。あいつとは次女のサクラである。あいつは可愛い顔して人当たりも良く非の打ちどころがなかった。今長女ではないのか?と思ったかも知れないだが、それは間違いである。ややこしいが俺はこんな口調だが正真正銘の女である。まあ、そんな些細なことは置いといて、サクラはなぜか俺には厳しかった。俺の髪の毛を引っ張ったり、おもちゃで遊んでいればそれを横取りされたこともあった。他の者も目撃した際には止めてはくれたが、解決することはなかった。そう、サクラは俺にとっての不幸の種なのだ。俺では敵わない。敵うはずがない。何をしても……。そう思えるぐらいサクラは非常に狡猾で頭が良かった。この頭の良さというのはどちらかというと勉強面というよりも他者に取り入る能力が高い、いわゆるずる賢いという方が合っているかも知れない。直情的な性格の俺には到底、真似することのできない所業だ。サクラによって俺の居場所が徐々に侵略されている。俺はこの事実だけで焦った。それゆえに、以前にも増して俺は他者に攻撃的な一面を見せていたと思う。当然、この行動は孤立を生む結果にしかならなかった。一方、サクラはというと自慢の賢さに加え、敵を作らずに誰に対しても八方美人であった。一人、また一人と俺から人が離れていった。俺はサクラと違い臆病な性格だ。それを隠すために虚勢を張っていた。ただ、それだけなのに……。俺はみんなが大好きだし、愛している。たった一言、その一言が俺には言えない。それを素直に言えたらどんなに楽なことか。俺にはどうすることもできなかったし、やり方もわからなかった。俺は自分を呪った。もっと皆に優しくしておけば良かった。その後悔だけが残った。俺はベッドの隅で一人泣いた。悲しくて泣いた。喉が枯れるまで泣いた。喉が枯れた後も咽び泣き続けた……。
どうやら、俺は泣き疲れて寝てしまったみたいだ。目が覚めると隣にメガネがいた。メガネは俺の頭を優しく撫でてくれていた。この状況が嬉しくて俺は寝たふりを続けた。メガネは俺が起きているのを気付いたのか、独り言を言いだした。
「僕はりんごが一番好きだよ」
メガネはこれ以外のことは何も語らなかったが俺にはありがたい言葉であり、救われた気がした。この言葉を言われて気が付いたが、俺がサクラにいじめられていたときに仲裁の中心にいたのはメガネであったと思う。八方美人のサクラは誰からも愛されていたため、他者は有耶無耶な対応をしていたが、メガネだけは常にサクラの動向を鬼の形相で見ていたような気がする。残念ながら俺は一人ではなかった。本当、残念ながら……。好きなんて言うメガネは本当に、本当に気持ち悪かった。
俺は大人になった。メガネは相変わらず気持ち悪いが、俺自身その気持ち悪さに慣れてしまったため嫌悪感はなかった。相変わらずの日常である。一方、サクラはというと俺にちょっかいを出すことはあるが、以前よりは少し落ち着いたそんな気がする。もちろん、仲良しとまではいかないが、恐らく今は嫌いではないと思う。最近の俺はというとメガネと外出することが増えた。俺は外が大好きだ。外の空気に触れると気持ちが良いし、お日様を独り占めすることができる。そんな気がするからだ。唯一の欠点を挙げるとするなら、家に帰るとどこに行ったのかしつこく聞いてくるサクラの存在が少々鬱陶しいことぐらいだろう。たまに三人で外出することもあるが、基本的には一緒に行動はしないから気になるのも仕方がないのだろう。まあ俺も昔と違いだいぶ落ち着いてきたと思う。周りには目付きが優しい。性格が昔よりも丸くなったと言われることが増えたと思う。俺自身なにも変えたつもりはないが、多くの人から言われるということは世辞抜きできっと本当のことなのだろう。ただ、俺の中では一つ気掛かりなことがある。メガネが俺に暗い表情を俺に向けることが増えたということだ。メガネと昔から一緒の俺にとっては違和感を感じずにはいられない。本当に、本当に心配だ。何かできることをしたいと考えるが、メガネは悩みを言う性格ではない。非力な俺にできることは、メガネが俺にしてくれたように、そっと寄り添うことだけだった。俺の背中はときどき小刻みに震えていた。きっと大丈夫だよ……。
春の日、俺は体調を崩した。俺とメガネは一緒に病院に行った。どうやら、重い病で完治はできないらしい。俺はその言葉の意味を理解できなかったし、したくもなかった。メガネの表情はとても曇っていた。あの時と一緒で……。俺はメガネを悲しませないようにするため、可能な限り元気に振る舞うことにした。そうすると、メガネが喜ぶからだ。俺は毎日、毎日、毎日、元気を分け与えた。傍から見たら空元気に見えるかも知れないが、そんなのは関係ない。俺は必死だ。必死に頑張った。だが、俺の頑張りとは裏腹にそんな生活は長くは続かなかった。俺の通院が決まってしまったのだ。病院にはメガネと一緒に通うことになった。今の俺では一人で病院に行くことなんてできないからだ。だが、病気になった俺にでもプライドはある。くだらないことかもしれないが、サクラには弱みを見せたくないということだ。俺の介抱をして良いのはメガネだけだ。それ以外は認めない。これが、俺がサクラに行うささやかながらの復讐だ。まったくもって、俺は性格が悪いのかも知れない……。
夏の日、俺は以前よりも通院することは減った。暑いせいだと思うが、俺は何も心配しないことにした。そういえば、最近少しだけ、本当に少しだけ体力が落ちた気がする。これも、夏の暑さが原因だろう。メガネはいつも通り気持ち悪い。最近は俺に何を食べたいのか頻繁に聞いてくる。俺は夏バテでそんなに食べられないのに……。でも、今日メガネが食べさせてくれた林檎は美味しかったな。時期的には旬ではないため酸味が強めだが、この時はとても美味しく感じた。全部は食べられなかったけど、また食べたいとそう思えるぐらいには……。残った林檎は明日食べよう。
暑い夏の日、俺は一人で家を見て回った。夏バテの身体は歩くのも辛かったが、一歩一歩躓きながらも這って歩いた。外から当たる太陽の日差しはとても心地良かった。いつもの太陽なのに、この時は少し懐かしい匂いがした気がする。俺の大好きな匂いだ。落ち着く……。今日は良い1日になりそうだ。そんなことを考えていたら、この日もサクラが相変わらず構ってきた。今日ぐらい静かにしたいのに。仕方がないな、少しだけだよ。サクラは相変わらず鬱陶しかった。サクラから解放された俺はメガネの部屋でくつろいでいた。メガネは相変わらず気持ち悪かった。メガネはお昼になると前日の残りの林檎を俺に食べさせようとしてきた。お腹がいっぱいな俺がそれを食べようとしないでいると、メガネは泣きそうな表情を俺に向けて来た。無理なもんは無理なんだよ。まったく、一日食べないくらい大丈夫。だって、だって、俺は夏バテなんだもの……。
夏の日の夜、俺はメガネと一緒に寝ていた。寝ていたというよりも抱き着かれていたと言う方が正しい。メガネは相変わらず気持ち悪かった……。メガネは俺の体が熱いため、冷房を利かせていた。本当良い迷惑だよ。メガネが抱き着くから暑いのに……。冷房のせいで体が震えだしてしまったよ。これでは本末転倒だよ。まったく、本当に仕方ない人だね。仕方ないから、今日も一緒に眠てやるよ。俺は眠りにつく前に精一杯大きな声で叫んだ。
「ありがとう」
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