第3話『恋心』



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### エピソード「石ころ一つ分の正-義」


扉に手をかけ、振り返らずに富樫は言った。


「…お前が投げた石ころは、二人を救ったのかもしれねえな」


バタン、と重い扉が閉まる音がする。

一人になった少年は、机に突っ伏した。

ヒーロー気取りだったわけじゃない。ただ、ムカついただけだ。

腕から放たれた一つの石が、誰かを救い、誰かを追い詰めていた。その重さが、ずしりと肩にのしかかる。


閉まったはずの扉が、ギッと音を立てて再び開いた。

少年が顔を上げると、まだ富樫がそこに立っていた。何かを思い出したように、眉を寄せている。


「ああ、そうだ。一つ聞き忘れてた」

刑事の顔に戻った富樫は、手元のメモ帳に視線を落とす。


「調書に必要でな。**ところで、その女の特徴は?** 髪は、服装は。覚えている範囲でいい」


事務的な口調だった。だが、その言葉は少年の心の妙な部分を爪弾いた。

あの女のことを、警官にペラペラと話す。

それは、ひどく格好悪いことに思えた。自分のやったことが、急に安っぽくなる。義理も人情もない、ただの「報告」に成り下がる。


少年は、顔をしかめ、富樫を睨みつけた。


「……」


口の中に、砂が詰まったように言葉が出てこない。

一瞬の沈黙。そして、喉の奥から絞り出すように、強い拒絶を込めて言い放った。


「**いうわけねーだろ!**」


声が、狭い取調室に響き渡る。

しまった、と唇を噛む。刑事相手に、あまりにも反抗的だ。だが、一度吐き出した言葉は戻らない。


富樫は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で少年を見た。

そして、次の瞬間。


「…ぷっ」


口元を押さえたが、こらえきれずに吹き出した。やがて肩を震わせ、「くっくっくっ…」と喉を鳴らして笑い始める。


「はっはっは! そうか、言わねえか! ったく、お前は…本当に面白い奴だ!」


ひとしきり笑った後、富樫は涙の滲んだ目元を親指で拭った。その顔には、呆れと、それ以上に温かい何かが浮かんでいた。


「…わかった、わかった。その心意気は買っておく」


満足そうに頷くと、富樫は今度こそ部屋を出ていこうとした。そして、扉を閉める直前、悪戯っぽく片目をつぶせる。


「まあ、どうせ後で事務的にきっちり聞かせてもらうがな。仕事だ」


バタン、と今度こそ扉は固く閉ざされた。


再び一人になった少年は、顔を真っ赤にして、もう一度机に突っ伏した。

(なんであんなこと言っちまったんだよ、おれは…!)

刑事の笑い声が、まだ耳の奥で反響している。

罪の重さと、芽生え始めた妙な感情がないまぜになって、心臓がこれまでになく、うるさく鳴り響いていた。

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