忘年会の帰りにくノ一を拾った

@princekyo

第一話 出会い

十二月二十一日、金曜日。午後九時ちょうど。

本多康は区役所福祉課の忘年会会場を出た。幹事が用意した終了時刻の三十分前だったが、二次会の誘いを丁寧に断り、いつも通りの帰路についた。

冬の夜風が頬を刺す。康は首元までマフラーを巻き上げ、足早に駅へ向かう。

途中の公園。ベンチに人影があった。

黒い、何かを着ている。いや、纏っている。布のようなものが風に揺れている。

康は足を止めた。

「......」

人影は動かない。

康は三秒間、立ち止まったまま考えた。声をかけるべきか。通報すべきか。それとも見なかったことにして通り過ぎるべきか。

三秒後、康は人影に近づいていた。

「あの......大丈夫ですか」

人影が顔を上げた。女性だった。二十代半ば、いや、もう少し若いかもしれない。長い黒髪。整った顔立ち。そして、明らかに普通ではない黒装束。

「......寒い」

女性は小さく呟いた。

「そりゃ、その格好じゃ......」康は言葉を切った。「何してるんですか、こんな夜中に」

「......迷った」

「迷った?」

「ここが、どこか分からない」

康は周囲を見回した。誰もいない。酔っ払いもいない。カメラもない。

「あの、コスプレか何かですか?撮影?」

「こす......?」

女性は首を傾げた。本気で分からないという顔だった。

康は深く息を吐いた。

「とりあえず、交番に......いや、でもその格好で連れて行ったら、俺が変質者だと思われる」

「......助けて、くれるのか」

女性が康を見上げた。その瞳には、不思議な澄んだ光があった。

康は、また三秒考えた。

そして三秒後、女性を自分のマンションへ連れて帰ることを決めていた。


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「ここが、あなたの住処か」

康の1Kのマンション。女性は部屋の中を興味深そうに見回した。

「住処って......まあ、そうですけど」康はとりあえず暖房をつけた。「名前、聞いてもいいですか」

「サクラ」

「桜......さん?」

「サクラだ」

「苗字は?」

「......ない」

康は額に手を当てた。頭痛がしてきた。

「あの、とりあえずその格好、着替えません?風邪ひきますよ」

「これは、装束だ」

「装束って......」康は自分のクローゼットを開けた。「ジャージでいいですか。サイズ合わないと思いますけど」

サクラは黙って受け取り、その場で脱ぎ始めた。

「ちょっと待って!」康は慌てて背を向けた。「着替えは、あの、別の場所で!」

「......なぜ?」

「なぜって!」

康の顔は真っ赤だった。心臓が変な音を立てている。

「男女が同じ空間で着替えるのは、その、普通じゃないから!」

「普通......」

サクラは不思議そうに呟き、浴室へ消えた。

康は壁に背中を預け、天井を見上げた。

「何だこれ。何が起きてるんだ」


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