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　夢の中だと気づいたのは、足元に影がなかったからだ。

　白い。

　どこまでも、やけに親切なほど白い空間で、私は一人、ぽつんと立っていた。天も地も区別がつかず、風もないのに、空気だけがやわらかく揺れている。

「おはよう、アイリス」

　背後から、ずいぶんと気軽な声がした。

　振り返ると、そこにいたのは――神様、らしい。

　らしい、というのは、後光も威厳もなかったからだ。白い服を着てはいるけれど、姿形は人間と大差ない。拍子抜けするほど普通で、にこにこと笑っている。

「突然だけどさ」

　神様は、散歩の途中で天気の話でもするみたいな調子で言った。

「君、十八歳で死ぬよ」

　一拍。

「……ちょっと待って」

　思わず片手を上げた。

　今のは聞き間違いだろうか。寝ぼけた脳が、悪質な冗談を生み出したとか。

「そんな大事なこと、そんな軽いノリで言う？」

「だって夢だし」

「そういう問題じゃないわよ！」

　声を張り上げると、神様は肩をすくめた。

「まあまあ。卒業の日までは、生きてるよ。たぶんね」

「たぶん！？」

　私の抗議をよそに、神様は指を一本立てた。

「だから提案なんだけど。恋をしなさい」

「……はぁ？」

　思考が完全に追いつかない。

　死ぬ、卒業、恋。その三つが、どうやって一本の線になるというのか。

「恋をすれば、きっと運命は変えられる」

　神様は、今度は少しだけ真面目な顔をした。

「そうすればね、孤独な魔王も――あの惨劇も、起こらないから」

　胸の奥が、ひくりと揺れた。

　理由も分からないのに、その言葉だけが、不自然なほど重く残る。

「……つまり？」

　私は腕を組み、神様を睨む。

「恋をしなかったら、私は死んで、世界も大変なことになるってこと？」

「うん。だいたい合ってる」

「雑すぎない？」

「神様って、忙しいんだよ」

　にこっと笑われて、ため息が出た。

　――ふざけてる。

　でも、不思議と怖くはなかった。

「分かったわ」

　私は顔を上げる。

「恋ね。してやろうじゃない」

　運命だとか、魔王だとか、惨劇だとか。

　正直、よく分からない。

　でも。

「私、簡単に死ぬ気ないから」

　そう言い切った瞬間、白い世界が音もなくひび割れた。

　神様は、満足そうに笑っている。

「いいね。その顔」

　その声を最後に、私は目を覚ました。

　見慣れない天井。

　入学式の朝の、学園寮の部屋。

　胸の奥に、まだ言葉の残響があった。

――恋をすれば、運命は変えられる。

　なら、試してやろうじゃない。

　十八歳まで、あと二年。

　私の選択が、世界を裏切るかどうかなんて――

　その時、決めればいい。