第10話 指揮官席は、空いたまま

作戦会議室の中央にある席は、空席だった。


 いつもなら、そこに彼が立つ。

 地図を指し、数字を並べ、感情を挟まず命令を出す。


 だが今日は――

 いない。


「……始めます」


 口を開いたのは、ユズだった。


 前衛班のエース。

 今は、臨時作戦統括。


「今回の作戦は、大規模迎撃」

「敵は管理級二、施行級多数」


 一瞬、緊張が走る。


 以前なら、顧問の未来予知が必要な規模だ。


「でも」


 ユズは、はっきり言った。


「顧問は、参加しません」


 理由は、誰もが知っている。

 身体が限界に近い。

 予知は封印された。


 この作戦は――

 彼がいない前提で設計された、最初の大規模戦闘だった。


作戦名

《プロトコル・ゼロ》


 ホログラムに、文字が浮かぶ。


・個人能力への依存、禁止

・予測ではなく観測

・判断の分散

・失敗前提


 それは、顧問が残した設計思想そのものだった。


「指揮は、分散します」

「小隊ごとに判断」

「上は、全体の流れだけを見る」


 命令ではなく、ルール。


 魔法使いのやり方とは、正反対だ。


開戦


 地下インフラ層が、震えた。


 複数の魔力反応。

 派手な出力。

 魔法使い側は、力で押し潰す気だ。


「……来る」


 ユズが息を整える。


「観測開始」


 魔力を見るな。

 現象を見ろ。


 温度。

 振動。

 音。


「左、空気が重い」

「右、床が歪む!」


 魔法使いが、詠唱を始める前に――

 もう世界は動いている。


「風班、流れ乱せ!」

「岩班、地形変更!」


 詠唱が噛み合わない。

 魔法が遅れる。


 魔法使いが、苛立つ。


「なぜ……効かない!」


 MIRが撃たれる。

 だが、狙いは魔法使いじゃない。


 場だ。


 安定しない場では、

 どんな才能も力を発揮できない。


分散判断


 施行級が突っ込んでくる。


 以前なら、顧問が止めていた場面だ。


「……前衛、どうする?」


 一瞬の沈黙。


「引く」

「いや、押せる」


 二つの判断。


 だが、ルールがある。


「三人以上一致」


「……押す!」


 判断が決まる。


 前衛が踏み込む。

 被害は出る。軽傷。


 だが、魔法使いは崩れた。


 完璧じゃない。

 でも、修正できる。


結果


 戦闘は、長引いた。


 派手な勝利じゃない。

 誰も英雄にならない。


 それでも――

 拠点は守られた。


 死者、ゼロ。


戦後


 ユズは、静かに息を吐いた。


「……勝ちましたね」


 誰かが、呟く。


「顧問、いなくても……」


 言葉が、続かない。


 それは、喜びでもあり、寂しさでもあった。


 その頃、別室。


 主人公は、モニター越しに戦闘ログを見ていた。


 頭痛は、まだ消えない。

 だが、胸の奥が少しだけ軽い。


「……十分だ」


 未来を見なくても。

 自分が前に出なくても。


 戦争は、続く。

 文明は、回る。


 それでいい。


 それこそが――

 彼が作りたかった世界だ。


 端末に、新しいメモを残す。


【備考】

指揮官は不要。

思想と技術があれば、軍は動く。


 空席のままの指揮官席は、

 もう――

 欠陥じゃなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る