第6話 熊の覆面
「あの日、熊谷は日本で一番熱い場所ではなく、一番冷酷な場所になった」
後に生き残った市民はそう語る。
真夜中の熊谷駅前。防犯カメラが捉えたのは、一糸乱れぬ動きで貴金属店を襲撃する、「クマの覆面」を被った集団だった。
彼らは「フェイ熊ミー」のような精巧な模倣体ではない。明らかに人間だ。しかし、その動きは人間のそれを超えていた。重さ数トンの金庫を軽々と持ち上げ、時速60キロで走るパトカーを徒歩で追い抜いていく。
「警察だ! 止まれ!」
駆けつけた警察官が声を荒らげるが、覆面の集団は一斉にこちらを向き、クマの咆哮を模した不気味な電子音をスピーカーから流した。
「我々は、ゼロの先遣隊である。これより、この地を『新・熊谷(ニュー・ベア・バレー)』と呼称する」
彼らは、クマの知性に魅了され、自らクマ側に寝返った人間たち――**「ベア・ハイブリッド」**だった。
千葉の地下シェルターでこのニュースを見ていた鈴木は、モニターを叩き割らんばかりに震えていた。
「バカな……! フェイクどころか、人間の中にまで『クマ』が入り込んでいたのか!」
鈴木の骨格検知アプリが、ニュース映像の中の集団を捉える。
アラートが鳴り響く。
【警告:骨格異常。人間と植物性繊維の融合を確認】
彼らは、九州のマレーグマが広めた「南国の種子」を摂取し、その神経系をクマのネットワーク(ゼロ・リンク)に接続した「元・人間」たちだったのだ。彼らにとって、強盗は資金稼ぎではない。 人類の文明の象徴である「金」や「宝石」を奪い、それを大通公園のゼロへ捧げるための儀式に過ぎなかった。
一方、九州の加藤は、自宅の庭を埋め尽くす「クマ型植物」に囲まれながら、一丁の猟銃を手に取っていた。
「鈴木さん、聞こえるか。……九州の連中は、もう人間を辞め始めてる」
加藤は、鈴木と繋がった暗号通信機に向かって静かに言った。
「熊谷の強盗は始まりに過ぎん。奴らはこれから、全国の『熊』が付く地名を塗り替えていく気だ。次は、熊本か、あるいは大熊町か……。だがな、俺はまだ、人間として美味い酒を飲みたいんでね」
加藤は、庭に蠢くマレーグマの影に向けて、銃口を構えた。
「北海道のゼロに伝えてくれ。九州の男は、そう簡単に惑星の住民にはならんとな」
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