完璧な四つ葉のクローバーを探すと幸運が訪れるようです🍀

@punipuni_0123

第一章|春

朝の公園はまだ眠っていて、音が薄い。

ベンチの木目が白く乾き、遊具の鉄は空の色を映して冷たく見えた。

公園の砂場の近くにある芝生。

三葉は靴のままそこに入る。露が足首まで滲みて、靴下の中がじわりと重くなる。嫌な重さなのに、引き返す理由にはならなかった。


芝生に生えているクローバーは、同じ顔をして並んでいる。

どれも三枚。どれも同じ緑。どれも似た大きさ。

そこに目を置くと、世界がいったん落ち着く。息が揃う。心臓の音がやっと一定の拍になる。


同じような顔をして揃っている三葉。

それを見たときの感情を「安心」と呼ぶべきなのか……それは分からない。ただ、揃っているものを見ていると、揃っていない自分が少しだけ薄まる気がした。


しゃがむ。

膝の内側が湿った草に触れる。冷たい。

指先で葉の列をなぞる。ひとつ、ふたつ、みっつ。

その作業は探すというより、確かめるに近い。ここにあるのは三葉。三葉。三葉。


「完全な四つ葉を探すの」

声に出してみると、宣言は意外に軽かった。

言葉は空気に解けて、すぐ透明になる。


「ふーん…じゃあ、一緒に探す」


隣で同じようにしゃがんだ奏が、草をかき分けながら短く言う。

幼なじみの彼女はなぜか、いつも私に付いてくる。理由は分からない。

理由を詮索するのは面倒なので、放っておいている。


奏の声は、あまり意味を背負わない。

それが三葉には少し羨ましい。

自分の言葉はいつも重い。意味を頭の中で反芻しては、思考は勝手に石みたいに沈んでいく。



四つ葉を初めて見つけたのは、春の光が強くなった日だった。

三葉の指がぴたりと止まった。世界が一瞬、音を失う。

四枚。たしかに四枚。

胸の奥が熱くなり、喉の奥がきゅっと縮む。


――見つかった。


そう思った瞬間、葉の一枚が小さいことに気づく。

ほんの少し。ほんのわずか。

でもその「わずか」は、形の中に黒い点みたいに居座った。

三葉は息を吐いた。吐いたはずなのに、肺が軽くならない。

指先でその葉を撫でる。小さい。

小さいという事実が、言葉より先に身体に届く。手がすこし引く。視線がすこし逸れる。

土へ戻す。

元の場所に、丁寧に。

土の粒を整えて、何事もなかったことにする。

隣で奏がそれを見ていたかどうかは分からない。


三葉は、次の三葉へ目を移す。

世界はまた均質に戻る。三枚、三枚、三枚。

それでいい。そう思う。思うのに、胸の奥にさっきの小さい葉が残っている。

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