スタートラベラー

@flaria495

プロローグ

第零話 "見たことのない景色"

 ある日から見え始めた知らない景色。それは見えるたびに変わっていく。


 緋色の大地

 大地に波打つ緑の髪

 空からこぼれた水たまり

 雲を裂く背骨


 こんな景色は見たことが無い。

 見たことのあるのは酒に酔って暴力を振るってくる父と、腐臭に満ち、暗くてうるさい街だけだ。

 この景色が一体何なのかは分からない。

 でも、おれの瞼に焼き付いている。

 もしも外の世界にこんな景色があるのならば見てみたい。

 それは、いつしかおれの夢となった。




 ♢♦♢




「何寝てやがる!」

「ぐぅっ!」

 

 夢から目覚めたおれを待っていたのは父からの暴力だった。

 咄嗟に身体を丸めて頭を庇いながら与えられる痛みに耐える。

 父からは酒の匂いが漂ってくるので完全に酔ってしまっているようだ。


「酒と金を持ってくるまで帰ってくんじゃねぇぞ!!」


 しばらく暴力を振るった父は満足したのか、おれの髪を掴んで路地裏に放り投げてから扉を閉めた。

 これもいつものことだと考え、垂れてくる汚れた灰色の髪を横にのけて痛む体を無理やり起こす。

 身体が痛くてこのまま寝てしまいたくなる。

 けれど、今日もあの景色を見ることができたから今日も頑張れる。

 痛む身体でなんとか立ち上がることができたので、一歩ずつ歩きながら周りを見る。

 おれの住んでいる場所はあの景色とは違ってとても汚く、あの美しい景色は一つも見当たらない。

 見えるのは朽ちた木で造られたいつ壊れるか分からない建物にそこら中に落ちているゴミ。

 そして倒れ伏している人々だ。

 いつか自分も倒れている人達のようになるのだろうか?

 そんな考えが脳裏をよぎるが、おれはまだ生きている。

 それだけで十分だろう。



 ──キィィィィィィィィィ



 今にも崩れそうな建物の傍を歩いていると、空が裂けるような甲高い鳴き声が聞こえた。

 鳴き声のした青い空を見上げると大きな緋色の鳥が翼を広げて飛んでいるのが見えた。

 空を飛ぶ鳥を見るたびに思う。

 空を飛ぶってどんな感じなんだろうか?

 いつかおれも空を飛んでみたい。

 あの鳥のように風を感じながら、自由に世界を旅してみたい。

 そして、あの景色を探しに行きたい。

 ……でも、色は緑がいいな。

 あの景色で一番綺麗だったのは、一面が風で揺れる緑の景色だったから。


 汚くて暗い街を歩いていると、倒れた人に虫が群がっているのが見えた。

 生きているのだろうか。

 近づいて無事を確認したいが、この街で優しさを出すのは良くない。

 このまま見ないふりをするのがいい。

 倒れている人を見ないことにして本題。どうやって金と酒を持ってくるかだ。

 もしも持ってこなければひどい暴力が待っている。

 昨日盗みに入った場所は警戒しているだろうからもう入れない。

 子供のおれでは誰かから奪うこともできず、むしろ奪われないようにしないといけない。

 今日はどうしようかと考えながら歩きだすと、後ろから風が吹いてきた。

 なんだか背中を押されている気がする。

 今日はきっといい日になる。

 そんな気がしてきた。




 ♢♦♢




 今日も盗むことに成功した。

 前は人がいた家に入ったのだが、何故か誰もいなかった。

 出かけている途中なのかと思ってこれ幸いにと色々と盗んでおいた。

 主に盗んだのはお酒に食べ物だ。

 何故かお金は無かったけれど、酒さえあれば父は酒を飲む方を優先してマシになるのでこれで大丈夫。

 それに、パンは少しカビが生えているがそこそこ綺麗なので、一つ200ヴァルスくらいにはなるだろう。

 おれじゃ売ることはできないけれど、父なら売ることができるはず。

 盗む前に何個か食べたけれど、中身にまではカビが生えていないのでかなり貴重な物だ。

 これならば父も殴ってくることは無いはず。

 誰にも見つからないように注意しながら父のいる家を目指して歩いていく。

 しばらくすると見覚えのある景色になってきたので家が近いようだ。

 そんないつもの道を歩いていると、見覚えのない大人が2人いるのが見えた。

 この街の人にしては綺麗な服を着ているので、ここに住んでいるわけではなさそうだ。


「チッ、生きてるやつが全然いねぇな」


 男達は生きているのか分からない倒れ伏している人を蹴り飛ばしている。

 何か鬱憤が溜まっているようだ。

 呟いてる言葉的に生きている人間を探しているみたいだけど、一体何のためなんだろう。

 でも、わざわざ綺麗な服を着ている人がこの街に来て生きている人を探す理由が無いので、どう考えても碌な目的じゃないだろう。

 こちらに気が付いていない間に逃げよう。


 ──パキッ


「あ? おい、いたぜ」


 マズい! 落ちていた建物の木片を踏んでしまった。

 そのせいで服の綺麗な男達がこちらに気が付いてしまった。


「っっ!」

「あっ、おい! 待てガキ!」


 おれは見つかったと分かった瞬間、踵を返して逃げ始めた。

 逃げ始めたおれに反応して男達が追いかけてくる。


「殺すな! 生かして捕まえろ!」


 どうやら殺すのが目的じゃないみたいだ。

 でも、捕まえられたら何をされるか分からないので全力で逃げていく。

 ただ、頑張って走っても大人には勝てず、後ろから服の襟を掴まれた。


「ぐあっ!」

「ったく、やっと捕まえたぜ」


襟を掴まれたことで喉が絞められて苦しい。


「離して!」

「暴れんじゃねぇ!」

「うっ!」


 捕まえられたがなんとか逃げ出そうとして男の手や体に殴りと蹴りを入れて暴れたが、怒った男に頭を殴られた。

 とても痛いけれど、諦めるわけにはいかない。


「くっ、離して!」

「ぐおっ! おい待て!」


 走る、走る、走る。

 適当に振り回していた手が運よく男へ痛みを与えれたようで男の手が外れた。

 今がチャンスだと思った俺はただひたすら走り続けるが、大人の足の速さには勝てなかったようですぐに追いつかれて後ろから頭を掴まれて地面に押し倒された。


「あぅっ!」

「ったく! 手間取らせやがって!」


 地面に勢いよく押しつけられたせいで身体が痛い。

 それに、男がおれを逃がさないよう地面に押さえつけた俺の上に乗ってきてとても重い。

 でも、まだ諦めたくなくてなんとか逃げ出すために暴れる。


「暴れるな!」

「ッ!!!」


 腕と足でなんとか男を殴って逃れようと暴れていたら、男に髪を掴まれた。

 そして一度浮かされてから勢いよく地面に叩きつけられた。

 硬い地面へ当たった額にまるで針が刺さったかのような痛みが走り、身体が硬直する。


「クソガキが」


 頭が痛い。

 思考が回らない。


「おう、捕まえたか」

「ああ。でもこいつ、すぐに逃げ出そうとするから一本へし折ってもいいよな?」


 なんだか嫌な予感がしたので、なんとか逃れようと再び暴れ始めるが男に腕を押さえ付けられた。

 そうして暴れていると周りに人が集まって来た。

 男の仲間だろう。


「あー、たしかに暴れてるな」

「ああ、生きてれば値段は変わらねぇだろ?」

「まあ、そうだな。いいぜ、折るか」


 折る……?

 疑問に思ったおれだったが、すぐに男達が何をしようとしているのかを理解した。

 押さえつけられているおれの右腕を黒い靴で踏みつけてきている。


「や、やめてっ!」

「あァ? てめぇが逃げたのがわりぃんだよ」

「やめっ……」


 男のブーツにゆっくりと力が込められていく。

 骨の折れる音が耳に届く前に──痛みが意識を白く染めた。


「ッッッッ!!!」

「ったく、手間取らせやがって」

「でもこれで一匹だな」

「ああ、こいつは何ヴァルスになるだろうな」

「この前は50万だったか。見た目は汚ねぇが、顔は上物だし70万はいけんだろ」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 頭を針で刺すような鈍い痛みと、腕の骨を踏み折られたことによる強烈な痛みで嫌な汗が噴き出てくる。

 腕の骨を折られた痛みが酷すぎてもう暴れることもできない。

 それに、もし逃げることができてもまた捕まるだけだろう。

 もう、どうしようもない。


 ……でも、最後に空を見たい。

 そう思って頭を横にして無理やり空を見上げる。

 晴れた空に浮かぶ雲が風の吐息で動き、雲と一緒に方角へ鳥が飛んでいるのが見えた。



 ──ああ、綺麗だ。




「さて、連れて行くか」

「ああ。暴れなくなったけれど、念のためもう一本へし折っておくか?」

「それもいいな。どうせ値段は変わらねぇ」


 男達がそう言っておれの左腕も黒いブーツで踏みつけてきた。

 これで終わりか……。

 諦めたおれが空を見ていると、視界に緑色の何かが映りこんだ。

 それは緑色の鳥で、鳥は建物の頂点に留まりおれを見下ろし始めた。

 緑の鳥の瞳を見てみると、その瞳は大地に波打つ緑の髪のように綺麗な緑だった。


 ──諦めるのか?


 緑色の鳥を見つめているとそう囁かれた気がした。

 諦める?

 ……そうだ。なにを諦めようとしていたんだ。

 おれはあの景色を探しに行くんだ。

 そしてこの目で見たい。あの綺麗な景色を。

 ならばまだ、諦める時ではない!

 そう考えた瞬間、何かの視線を感じた。

 そして、おれの周りに

 周りに何かが漂っているのを感じ取れるようになり、それはおれの身体の中にも感じる。


「あ? なっ!? うおぉおおお!?」


 急に吹き始めた風を疑問に思った男だったが、吹き始めた風がおれに集まり、それはやがて暴風となり吹き荒れた。

 まるでその場に嵐が生まれたかのような暴風によって地面は抉れ、男達は壁ごと吹き飛ばされ、血と肉片となって壁と一体化した。


 ──風が止んだ


 おれは踏み折られて痛む右腕を庇いながら立ち上がって周りを見渡す。

 そこは荒れ果て、地面には何かによって切り裂かれたような痕があり、最初からそこには何も無かったかのように円形に拓けていた。


「……今のは、一体?」

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