第26話【グレダ・カーシュ】


くせぇ奴。


それが隣国に君臨するウィンニーデュ国王である、トューリ・キャンブスに対する第一印象だ。


俺の国であるヴァジススト国は昔、隣国まで領土があった。

ウィンニーデュ国なんて2000年前までは存在しなかったんだってよ。

ある時、一人の男が全てを壊し、全てを殺し、全てを燃やし尽くした土地は荒れ果て、生物なんていなかった。

そこから数百年、しばらくするとポツポツと集落が出来、そのうち国を作ったとされている。

天使様が降臨すると言われている場所なんか分からねぇから、どちらの国も適当に作ったのかどうかは知らねえが、他国とは違い、人が作った場所に建てたんだと。

だが、びっくりだよな?スイレナディ国に直接降り立った神様が言うには、全て人間に作らせたらしいぞ?それを聞いて俺は笑っちまった。

だってよ?神様は場所の把握だけしてるって言うんだぞ?どこだよそれ、できれば教えてくんねぇか?

元は一つの国だったんだ。

降臨の間には毎日行ってたが、この国にない可能性だってある。

したら次代の天使様はどこに来るんだよ。


んでも、そんなのは些細な事だ。

天使様は100歳の魔人と聞くからな、上手く生きてくれりゃ1000年は現れないだろう。

だからな?できれば1000年以内に神様がこの国に現れて、場所を教えてくれたりしねぇかなぁ?なんて思ってたりする。


「くせぇ」

「またですか、私も胡散臭いとは思いますが、今は勘弁してください」

「分かってんよ」


明日は天使様の披露目だ。

前日に乗り込んでスイレナディ国のもんを、たらふく食った俺は、隣に座ってた隣国の王であるあいつの臭さに顔をしかめる。

俺は3代目だが、あいつは8代目の王だ。

50年前に王になるはず奴だった王位継承の子があっさりと死に、訳の分からねぇ、ぽっと出の貴族がなりやがった時からくせぇ。


嫌な匂いがぷんぷんすんだよ。


「そもそも鬼人である貴方に匂いなど分からないでしょう、獣人である私ならまだしも」

「へっ!」


側近のチェスニーがまたお小言を俺に言ってくる。嫌味も足してな。


「くせぇ」

「…だからといって私の胸を揉まないで頂けますか」

「いいじゃねぇか、ヤろうぜ」

「全く貴方は…いつも、んっ!」


チェスニーと夫婦になりてぇのに、いつも拒絶してくんだ。

「もっと相応しい奴がいる」とか、なんとか言ってな。


「可愛いな」

「煩いですよ」

「結婚してくれ」

「お断りします」


全部が柔らかい、瞳まで柔らかいチェスニーを抱くと全て忘れられるからいい。


隣国の王、キャンブスを調べ上げた。

あいつが玉座に座った時から。

だが、なにも出てこねぇ。

なにも出てこねぇから、なおさら怪しい。

人には言えない事の1つや2つあるもんだ。

だが、あいつにはない。

生まれも、育ちも、玉座に座るまでの道のりも。


だが、ついに見つけた。

外から見ようとしてたから駄目だった。

命懸けで内側に密偵を入れて、調べたんだよ。

そしたら面白れぇ事実が見つかってな?

あいつは元々、平民生まれのチンピラだったんだと、確かな書類まで持ってた奴がいた。

っつうか、内部は思ってた以上にボロボロだったんだよ。

あいつは恐怖で人を縛ってやがった。だからか、内側は怯え、飛び跳ねるほど喜んで情報を渡してくれんだ。

文書に書かれてあったのはあいつが仕出かした事、憶測で動いた流れが書き記してあった。

だから、憶測も交じっている文書なんだろうが、“合っている”とも思った。


当時、あいつはウィンニーデュ国で人身売買を行っていた。

そして、売られた……いや、自らを売りに来た男が1人居たと。

その男は運命だった竜人を亡くしたばかりの魔人で、魔力量が多かったらしい。

そしてあいつは“使える”と思ったんだと。

売りに来たのは目の前に居る魔人だけ、後ろ盾もなければ見知った人間も居らず、そしてなにより、外界を…運命以外を知らない。外の世界を知らない無垢な男だったから。


「会いに行ってみたいんだ」


酒を飲ませ、“秘密事”や“隠し事”なんかも知らない純朴な表情でそう言いながら、無垢な男は卵の殻を取り出した。

この世界では、腹で産み落とした者は卵として出てくる。

そして、その卵に子の両親が魔力を毎日流してあげなければならない。

だからこそ、卵の殻には両親の魔力があると、会いに…一度も会った事のない両親に会ってみたいと無垢な男は言った。


初めて言葉を交わしたのは運命。

初めてのぬくもりを知ったのは運命。

初めて愛を知ったのも運命。


無垢な男は運命が用意した“巣”から運命が死ぬまで出た事がない。

運命に囲われてた事にも気付いていなかった…いや、その時も気付いてすらいなかったんだろ。

そんな無垢な男は運命が死んでしまう時に、“真実”を教えてくれたと言う。


『後悔はしていないんだ…だが私が死んでしまえば……親に会いに行くんだ……私にはもう飛ぶ事が出来ず送ってあげられないが……親に……』


そうして伝えられた言葉と渡された卵の殻。

ウィンニーデュ国と、親がいるというスイレナディ国は遠い。

外に出た無垢な男は初めて金が必要だと知った。だから売りに行ったのだ、自分自身を。それがどういう意味かさえ理解していないほどの男。


簡単に酔い潰れた男の手から卵の殻を奪い、寝ている間に売り飛ばした。

あいつにとってそれが真実かどうかなんてどうでも良かったんだろ。だが、そんな夢みたいな話を聞いてチャンスだと思ったらしい。

馬鹿だよな。

あいつが聞いた話が本当なら、当時あの国で玉座に座っていた子ならば…

そんな話に夢を持ち、新たな子を育て上げ、王の子だと騙せばいいと。

上手い事いけば金が手に入る。


そんな穴だらけの思惑と、ずさんな計画に巻き込まれたのは………。


「お前はスイレナディ国王の子だ」

「はい」


親から売られた子どもたちだった。


胸くそ悪い話だよ。

洗脳のような言葉を毎日吐き、使えるようになるまで叩き込んだ。

仕事も手伝わせた、その間にあいつは売られた竜人の子どもの鱗を無理矢理奪い、飲み込んでいたらしい。

どれほど飲んだのかは分からずじまいだがな。

書かれている内容を細かく見ていると、小悪党であるあいつは途中、子どもばかりを専門に売りに出していたらしいからな、あれこれと試してたんじゃねぇか?強い鱗でも探してたんだと勝手に思っておくぞ?


あいつは竜人の子どもを洗脳する事に成功した。

だけど、一人の竜人の子どもは運命に出会ってしまったんだ。

それで全ての計画が終わってしまった。

竜人の子どもは仕事を立派にやり遂げ、なんならあいつより頭が良く、人望もある立派な子になり、運命も手に入れた竜人はある日あいつに詰め寄った。


『どうして両親の魔力が籠もった聖杯を盗ませたんですか?』


そんな事を聞かれてしまったんだよ。

俺達は毎日神様に祈りを捧げる。

国によって祈り方は違えど、祈るんだ。

そして、その当時の王であった者は、祈りの際は必ず、聖杯に触れていた。

それをニセモノとすり替えさせたんだと、そしてその魔力と竜人の子の魔力を無垢な男から奪った卵の殻に移した。

だが、それも必要なくなってたんだよ。

んな危険な事よりもっと楽で稼げる方法を掴んでた。

その頃には強い力で国を脅し、自身が国王となれる算段まで立っていた。


んで、晴れて国王となった訳だ。


あいつはどうせ、欲にかまけて天使様を奪おうとも思ってんだろ。

そんな情報も入ってきたからな。

スイレナディ国も危うくなる事態に、話しておいた。


現国王に。

お前には兄がいるぞってな。


長くはなるが、あとは協力して詰めていくだけだった……んだけどなぁ?




「この人嫌い!大っっっ嫌い!他の人間の鱗を4つも飲み込んでる!!!大嫌い!大嫌い!大っっっ嫌い!!!」


なんで天使様にそんな事が分かんのかは知らねぇが……。


「だから言ってんだろ!!!こいつはくせぇって!!!」

「主様、お静かに。それとも口を塞ぎますか」


あいつはくせぇんだよ!

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