宝剣を抜くとき

夢見楽土

第1話 初陣

 父王が「伝説の宝剣」を抜いたのを見たのは、私がまだ10代の頃。初陣の戦場だった。


 相互不可侵の誓いを破り、急遽我が国に大挙して侵攻してきた北の大国は、国境守備隊を難なく撃破すると、北部の村々を占領しながら、我が国の王都を目指し南進した。


 父王は、直ちに王国内の貴族達に挙兵を求めた。しかし、貴族の多くは、様々な理由を付けて挙兵を渋った。


 その報を聞いた私は、怒りのあまり、その場にいない不誠実な貴族達を罵ったが、父王は何も言わなかった。


 私はだいぶ後で知ったのだが、当時の北の大国の国王は、戦うことなく降伏した者には寛大だったが、戦いを挑んできた者には容赦なく、その後の降伏を認めずに皆殺しにすることが常だった。それを知っていた貴族の多くは、戦うことに躊躇したのだ。


 結局、父王の近衛兵の他に参集したのは、一部の貴族の騎士団のみ。北の大国の軍勢の半分にも満たなかった。


 北の大軍の進軍経路に領地を有する貴族の多くは、安全な場所へ立て籠り、北の大軍の進軍を、占領を傍観した。


 私は、その報を聞き涙を流して悔しがった。父王は微動だにせず、伝令兵にねぎらいの言葉をかけた。



 † † †



 いよいよ、北の大軍が王都に迫った。父王は、近隣の村人を王都の城壁内に避難させると、城門を固く閉じさせ、出陣した。私はまだ成人の儀式を終えていなかったが、嫡子だったからだろうか、出陣を許された。


「私の傍から決して離れるな。私の一挙手一投足を目に焼きつけよ」


 初陣が決まり興奮する私に、父王はいつもと変わらぬ威厳ある顔でそう言った。


 王都の北に広がる平野で、両軍は対峙した。


 敵軍は横陣。我々はやじりの形に陣形を整えた。臣下からの猛反対をしりぞけ、父王は馬に乗ってやじりの陣形の先端へ向かった。私は、父王の直ぐ後ろを馬で付いて行った。


「ははは、まもなく国を失う王が、自ら死ににやって来たぞ!」


 陣頭に現れた父王を見て、敵軍から嘲笑の声が聞こえた。私は怒りで頭が真っ白になりそうだった。


 しかし、敵軍の嘲笑は、あながち間違っていなかった。明らかな兵力差に、我が軍の将兵の間では、戦う前から悲壮感が漂っていた。


 正直なところ、私も内心は死を覚悟していた。まだ10代の若造だ。どれほど真剣に死の恐怖と向かい合っていたか自信はないが、一人でも多くの敵を倒し、立派に死にたいと考えていた。その思いにも関わらず、体はずっと震えていたが。


 敵軍が陣形を再度整え始め、先陣が槍を構えた。間もなく開戦だ。


 その時だった。父王は、腰に下げた「伝説の宝剣」を静かに抜くと、天に向かって高らかに掲げた。


 伝説の宝剣は、王が生涯で一度しか抜刀することを許されていなかった。しかし、ひとたび抜けば、あらゆる敵を倒し、我が国に勝利をもたらすと云われていた。


 この伝説の宝剣は、何度も我が国の危機を救い、強敵をほふってきたのだ。


 私は、父王の真後ろから抜刀された宝剣を見た。その輝きは美しく、不思議と心が落ち着き、力がみなぎってくるのを感じた。これが宝剣の力か……


 自軍の他の将兵も同じようだった。皆が静まり返り、力を漲らせ、その宝剣を見つめていた。


 宝剣の美しい輝きは、敵軍にも見えたようで、敵軍は明らかに動揺していた。「あれが伝説の宝剣か」といった驚きの声が敵軍のあちらこちらから聞こえてきた。


 父王は、馬首をひるがえし自軍の将兵の方を向くと、静かに語りかけた。その声は、不思議と後方までよく届いたようだった。


「今はまさに危急存亡のとき。だが案ずるな。我らにはこの宝剣がある。我らは勝つ!」


 父王は、宝剣を天高く突き上げると叫んだ。


「我らは必ず勝つ!!」


 自軍の将兵が武器を掲げて「我らは必ず勝つ!!」と口々に叫んだ。その勢いは、敵軍を圧倒しているようだった。


 父王は、馬首を改めて敵陣に向けると、空へ掲げた宝剣を敵陣へ向かって振り下ろした。


 宝剣は、まるで流れ星のようにキラキラと光芒こうぼうを放った。


「全軍突撃!!」


 父王が大音声だいおんじょうで命ずると敵陣へ向かって馬を駆った。


「王に続け!!」


「我らには宝剣の御加護がある!!」


 父王に続き、全軍が敵陣へ突撃した。私も必死に馬を駆った。


 敵の先陣は、突撃してくる我々に槍を突き出したが、父王が振り上げた宝剣を見て、一部の槍兵が怯み、槍の列が少しだけ乱れた。


 父王は、それを見逃さず、そこから敵陣へ飛び込んだ。私もその後に続いた。


 その後のことは、実ははっきりと覚えていない。私は父王の背を追ってひたすら馬を駆った。


 手に持っていた槍の先端はいつの間にか折れ、それでもなお、がむしゃらに槍を振り回し、父王の後ろを駆けた。


 気付いたときには、我々は敵の本陣に到達していた。


 父王が宝剣を振り上げた。その神々しい輝きに気圧けおされて、幾人かの敵兵が逃げて行った。


 一部の勇敢な敵兵が我々に対峙したが、父王を取り巻く我が軍の精鋭がいずれも討ち取った。


 馬をひるがえし逃げようとした敵の大将に、我が軍の精鋭の一人が槍を投げた。


 槍が馬に刺さり、敵の大将が落馬した。


 父王と精鋭は、落馬した大将を取り囲んだ。豪奢な鎧を着込んだ敵の大将は、私よりも少し年上くらいの若者だった。


「降伏か死か」


 父王が馬上からおごそかに言った。敵の大将は、少し逡巡した後、降伏した。


「我らの勝利だ!!」


 父王は宝剣を天に掲げて叫んだ。


 私は、目に涙を浮かべながら、臣下とともに勝鬨かちどきを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る