ギルド受付で働いてますが、攻略して欲しいのは自分ではなくクエストです

柚鼓ユズ

新人に怒鳴られるのも仕事です

 ――――春。


 それは別れと新たな出会い、そして旅立ちの季節である。新天地で新たな環境で新たな一歩を踏み出すにはこれ以上ないと思われる時期だ。心踊り期待と不安で胸を膨らませる者たちで周りは賑わっている。そんな麗らかな季節の中。


「何だよコラ!俺たちにクエストを受けるなって言ってんのかよおっさん!」


 ……俺は自分よりはるかに年下の子たちにカウンター越しに大声で怒鳴られていた。


 俺の名前はアーク。ギルドの受付兼雑用係として働く三十路をとうに超えたおっさんである。元は自分もクエストを受ける側の立場であったが、とある出来事をきっかけにハンターを引退し今はクエストを受注しようとするハンターたちの受付手続きやサポート及び雑務をこなす毎日であった。とはいえ、クエストには危険が伴うためただただ事務的に受注を受け付けるわけにはいかないのが実情である。


 条件を満たしているからと安易にクエスト受注を受け付け、救助が間に合わなかった結果命を落としてしまったり、生き延びたものの二度とハンターとして生きる事が叶わぬ体になった者も少なくない。

 そのため過去の経験や実績を踏まえた結果、クエスト受注の際に苦言を呈したりクエスト自体の変更を促すこともある。今回もそのケースの一つであったのだが、そう告げられた彼らが納得いかずに自分を怒鳴っているのだ。


「いやいや、受けるなとは言ってないのよ?ちょっと落ち着いて。ただ、君たちにはまだこのクエストはまだほんの……ほーんのちょっとだけ早いかなぁと思ってアドバイスとして言わせてもらったんだけれど……」


 何故自分がそう思ったのかを彼らへ冷静に説明しようとするものの、興奮した彼らの耳には届かない。バンっとテーブルを叩きながらまくしたててくる。


「ふざけんな!俺たちが今受注しようとしている『火炎龍の討伐』の受注可能ランクはDランクだろ!俺たち三人は全員その条件を満たしているだろうが!」


「そうだ!そのハンター証明書を見たら一目瞭然だろ!?こいつが偽造や改竄加工が出来ないのは受付をやっているぐらいなら分かるだろ?」


「俺たち全員の装備を強化するためには火竜の素材が必要なんだよ!早く受注許可を済ませてくれよ!」


 口々にわめく彼らの声を聞き流しながら、提出された証明書にもう一度目を通してからゆっくりと口を開く。


「うん。確かに受注資格は満たしているね……でもさ、君たちはつい先日昇級クエストをクリアしたばかりでしょ?ちゃんとクエスト履歴だけじゃなくて日時も確認しているからね。その状態でいきなりDランクの中でも難易度の高い火炎龍の討伐はハードルが高いと思うんだよね」


 淡々と冷静に受注に異を唱えた理由を説明する。三人の様子とクエスト履歴を見たところ、ようやくDランクに昇級出来た感じのようだ。念願の昇級を果たして気が大きくなり、更なる昇級を目指して目的までの最短距離を目指したいのだろうと察する。


(まぁ彼らの気持ちは分かる。今まで受注出来なかったクエストを受けられるようになって気が大きくなっている状態だ。今までのランクでは入手出来ない素材を一刻も早く手に入れたいのだろう)


 だが、ギルド受付の立場としては無謀なクエストを受けようとする彼らをみすみす放っておいてはいけない。三人の顔を一人一人しっかりと見ながら続ける。


「それにさ?君たちDランクに上がるまでに結構苦労したみたいじゃない。挑戦回数もかなりの数だったようだしね。念願の昇級を果たして気持ちが上がっているのは分かるよ?でも、だからこそしっかり準備を整えてから難しいクエストに挑んで欲しいんだよ」


 これは心からの本心である。無謀なクエストに挑戦してハンターへの道を絶たれた者もいれば命を落とした者もいる。だからこそ勢いで危険なクエストに挑んで欲しくなかったのだ。だが、自分の言葉に納得出来ない三人がなおも食い下がる。


「だ……だとしても俺たちがDランクなのは事実だろう!クエストの受注資格はクリアしているんだ!頭ごなしに拒否は出来ないはずだ!」


 リーダーと思わしき彼の言葉に他の二人も口々に続く。


「そうだ!そもそもただの受付のおっさんが何でそこまで俺たちに口出しするんだよ!?」


「俺らのクラン『無敵の浮沈艦』が成り上がるための第一歩なんだ!邪魔するなよおっさん!」


 分かってはいたがやはり素直には引き下がってはくれないようだ。それはさて置き今の時点で正式なクランを組んでいる事にも感心する。名前のセンスにはあえて触れないでおく事にして、改めて三人の装備品や体格を確認する。


(……見た感じ近接担当の剣士、遠距離を受け持つ射手、近接と防御担当の重騎士といったところだろう。パーティーの役割バランスは取れていそうだし、三人の様子を見るからに昨日今日の繋がりで組まれたクランでない事は一目瞭然だ。だからこそこの面子で共に少しでも早く上り詰めたいんだろう。その気持ちは分かる)


 ……かといってこのまま未来ある若者をみすみす危険にさらすのはどうにかして避けたい。さてどうしたものかと思っているとギルドの入り口の扉が開き、内側に付けている来客を知らせる鈴がからからと勢い良く音を立てる。その音に皆一斉に扉の方へ振り返る。


「……何やら騒がしいですね。いったい何の騒ぎですか」


 そう開口一番に彼女が口を開く。その姿を見て自分にまくし立てていた三人が興奮したように叫ぶ。自分たちのやり取りを遠巻きに見ていた周囲の連中も心なしかざわついている。


「あ……あんたは!いえ、貴女は!」


「な、何で伝説級のハンターがこんな所に……」


 周りのざわめきを気にも止めずにこちらを真っ直ぐ見つめる彼女。その姿に思わず出会った時の姿を思い出す。当時よりも成長しているものの、凛とした雰囲気や綺麗な薄紫の髪と瞳は変わっていない。そんな彼女に声をかける。


「……お、誰かと思えばテルマか。久しぶりだな。お前さんの活躍の噂は色々と聞いてるぜ。先日も国の連中がもてあましていた岩石獣をこともなげに討伐したらしいな。にしてもお前さん、忙しいだろうに何でまたこんな所にいるんだ?」


 皆の注目を集める彼女の名はテルマ=テリーナ。女性初のSS級ハンター。齢二十歳にして女性初のハンターランクSS級に登り詰めた才女である。周囲のざわめきをものともせずにつかつかとこちらに歩いて来たかと思えばカウンター越しに自分に声をかけてくる。


「……たまたまこの近くで依頼された緊急依頼クエストを済ませてきたところです。せっかく近くまで来たので先生のところに顔を出そうと思いまして。それで、いったい何があったのですか?詳しく聞かせてください、先生」


 淡々とした口調でテルマがそう言った。テルマが自分を先生と呼んだ事によって騒いでいた三人が一斉に自分の方を振り返った。


「お……おい今テルマさん、あいつの事を先生って……」


「あぁ。俺も確かに聞いた。……あのおっさん、ただの受付じゃねぇのか?」


 後ろから聞こえる会話に一瞬テルマの片眉がぴくりと吊り上がる。


「……どうやら、礼儀知らずの新人という名の無礼者がいるようですね。今すぐ彼らを外に叩き出してもよろしいですか先生?」


 背中に担いだメイスに手をかけようとするテルマに慌てて叫ぶように声をかける。


「だーっ!待て待て!それは別に構わないから!説明するからひとまずそれから手を離せ!」


 かくして、テルマに一部始終を説明する事となった。

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