第5話 もう一人のお化け捜査官
その日の夜。
結局僕は、夜中に家を抜け出して、木村と一緒に亀石へ向かった。木村はどうでもよかったのだが、噂の中の、
「赤いスカートの少女を見た」
と言うのが気になった。あれから何度か、古墳に行ったのだが、夕子に会うことはなかった。もしかしたら、今日、夕子に会えるかもしれない。僕は例の手帳を、ズボンのポケットに再びねじ込んだ。
木村は、馬鹿でかいリュックサックと、馬鹿でかい懐中電灯を持って校門の前に立っていた。門は閉まっていたが、外灯がついており、不安そうな木村を真上から照らしていた。その周りを数匹の小さな蛾が激しく飛び回っていた。
「随分と重装備だな」
「なんか持ってないと怖いんだよ。匠君はそれだけ?」
僕は小さな懐中電灯をくるくると回して見せた。僕が持っているのはこの懐中電灯と、ポケットの中の手帳だけだ。もちろん手帳のことを木村に話すつもりはなかった。
亀石までは、学校の敷地内を突っ切っていくのが一番の近道だ。でも、がっちりと校門が閉められているこの時刻、もちろんそれはできなかった。仕方がないので、外周の塀に沿って時計回りに回る道を使って僕らは亀石に向かった。約、二十分程度の道のりだった。
月明かりのないその日は、亀石の周りは真っ暗だった。遠くにある街灯など、少しも役に立たない。それでも、五十メートルほど離れた場所から、木村が、例の馬鹿でかい電灯で照らすと、闇の中にうっすらと亀石が浮かび上がった。
「ちょっと待って」
石に向かって歩いて行こうとする僕の肩を、木村が掴んだ。
「何かおかしいよ」
木村は、亀石の頭の部分を指差していた。その時、亀の目に当たる部分がキラッと光った。
「光った。光ったよ、匠君。それに動いている。目が動いてるよ。右。あ、今度は左。また右」
木村の言っていることは本当だった。亀の目の光が、左右に動いているのだ。
これは、本当に・・・。
「ダメだ。逃げよう。匠君」
木村はパニックを起こした。実は、僕の精神状態もそれに近いものだった。目が動いている。予想外のできごとに、気が動転していた。
「逃げるな」
その時、後ろから突然声をかけられ、僕の心臓は一瞬大きく振動した後で、止まりかけた。僕はともかく、もうちょっとチカラ加減を間違っていたら、木村は死んでいたかもしれない。
振り向くと、そこにいたのは小柄な少年だった。丸っこいメガネをかけている。そのメガネの奥の大きな瞳が、僕を見上げていた。おそらく僕らと同じくらいの年齢だ。どこかで見たことがあるような気がしたが思い出せなかった。
「ついて来なよ」
そう言うと、少年は、亀石に向かって歩き始めた。
「やめよう。匠君。帰った方がいい」
木村は断固として、僕を止めようとしたが、僕は少年についていった。仕方なく、木村もあとに続いた。
「これがお化けの正体」
少年は言った。亀の目の部分を見ると、光を反射するテープが目の形に切って貼ってあった。よく、自転車なんかに貼るやつだ。改めて懐中電灯で照らすと、さっきと同じようにキラリとそれが光った。
「でも、さっきは目が動いたぜ。それはどうやって説明するんだ」
僕がそう言うと、少年は答えた。
「匠君は暗示にかかってたんだよ」
少年が静かな声で続けた。
「暗闇で光る点を見つめるとね、それが、動くと言う暗示にかかってしまう場合があるんだ」
昔、ヨーロッパの霊媒師が使った手だそうだ。霊媒師が、右、左、と方向を指示すると、多くの人は、その通りに光が動いたと勘違いしてしまったという。
「つまり、今回の場合は」
少年がそこまで言ったとき、僕は気付いた。
「木村、てめえ」
「じょ、冗談だよ。冗談。別に騙したわけじゃない、ちょっとだけ遊んだだけだろ。先生には言うなよな」
そう言いながら、木村は走って逃げていった。
つまり、一連の噂は全て木村が流していたのだ。おそらく時々、お化けを信じそうな人間を連れて来て、今日のように亀石の目を光らせていたのだろう。
くそ。木村ごときに鴨にされるとは。自分が情けない。
「ところで、君は誰?」
僕が尋ねると少年は上着のポケットから黒い手帳を取り出すと、
「こういう者です」
そう言いながら、一ページ目を開いて見せた。そこには
『お化け捜査官 上野 聡』
そう書かれていた。それは、何から何まで、僕の手帳とそっくり同じものだった。
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