異世界、絵で食っていけるほど甘くねぇ!!

明々後日

1 転生者、異世界を踏む

カタカタ カタ カタカタ




暗くなった社内に聞こえるタイピングの音。今日もまた残業だ。


俺の名前は米本よねもと 修おさむ 37歳 独身。今日も回り続ける社会の歯車。




「…コーヒー。もう飲み終わってる。」




休もうとする脳みそのケツをカフェインでぶっ叩きながら仕事をこなす。


はじめのころは死ぬほどつらかったこの毎日も慣れてしまえば大したことはない。苦くてとても飲めなかったコーヒーも今では味を感じない。




新しくコーヒーを淹れていると、女性社員が忘れていった手鏡が目に入った。




「ははっ。ひどい顔だな。10年前はもっとハンサムだったんだけどなぁ。」




そんなことを呟きながら、デスクに戻ろうとしたが、




「ぬわっ!!」




脚がもつれて転倒してしまった。


淹れたて熱々のコーヒーが床を這って顔に触れる。




(熱い、熱いなあ。)




熱くてたまらないのだが体が動かない。この硬い床でもいい。




今はただ、寝ていたい。












それからどれだけの時間がたったのだろうか。曖昧で心地の良い世界からふと目が覚める。




(ここ…どこ???)




気が付くと見知らぬ森の中に立っていた。しかもこの姿は…




(子ども…?)




俺の姿は5,6才くらいの小さな姿になっていた。


ああ。きっと疲れがたまってたんだな。これは夢だ。そうに違いない。




こんな夢を見るのは久々だな。最近は夢の中でも仕事をしてたし、毎日これならいいんだが…




木漏れ日を浴びながら何も考えずに歩く。鳥のさえずりや、草木の揺れる音。透き通った空気。そのどれもがとても夢とは思えない。




しばらく歩いていると、森の中に一軒の家を見つけた。日本の家とは少し違う木造の建物だ。




(人が住んでるのか?)




夢の中だというのに少し疲れた。あそこで休ませてもらおう。




コン コン コン




「すいませーん。誰かいませんかー?」




ギィィ




しばらくすると目の前のドアが開き、中から褐色肌の女性が出てきた。髪は長く、白に近い綺麗な銀髪。そして特徴的な尖った耳。




(こっ、これはエルフ?!)




「いらっしゃ~い。って、こども? …誰とここに来たんだい。」




不思議そうに眉を顰め、こちらに訊ねてきた。




「その…気が付いたらこの森にいて...」




「嘘は感心しないなぁ、坊や。ここがどこだか分ってるのかい?」




彼女は小さく笑みを浮かべて周りをきょろきょろと見渡す。




「人の気配はないか。ただ...」




そう呟きながら上を見上げる。それにつられて俺も一緒に顔を上げた。




その瞬間、大きな影が太陽を隠し、あたりが暗くなる。その影は目を開けられないほどの突風を起こし、轟音と共に現れた。




(なんだこの風ぇぇぇぇ!!!吹き飛ばされるぅぅ!!!)




...や、やっと収まった。髪抜けるかと思った。本気で




グルルルルル




目を開けるとそこにいたのは、まさしくファンタジーの顔。紅い鱗を全身に纏い。両の翼を広げ、それのシルエットを際立てている。子どものころ憧れたあのモンスター




「ド、ドラ...ゴン...?」




あまりにも現実離れした出来事に頭が追い付かない。わかっている。わかっている!これは夢だ。何も心配することはない...だというのに、なんなんだこの脚の震えは。なんなんだこの恐怖は、この威圧感は...!




ドラゴンは俺に一切目もくれず、まっすぐエルフのお姉さんをにらみつけていた。そのドラゴンが口を大きく開くと、喉の奥が微かに光っているのが見えた。なにかエネルギーをためているかのようにその光は大きくなっていった。ドラゴンが口から吐き出すものなんてわかりきっている。その場から離れようとするが、足にうまく力が入らない...




(あっ...これ、夢じゃない。俺、死ぬのか?)




そう思った刹那、ドラゴンの口から炎が発射。視界が眩しく光った。




...あれ。俺生きてる?




ギュッとつぶった目を開けると、炎は透明な壁に当たっているかのように俺の数メートル手前で止まっていた。




「な、なにが起こって...」




「まったく...またこの季節か。おい!トカゲ!毎年毎年学習しないな!この家の結界が壊せるわけないだろう!」




ドラゴンの炎がさらに勢いを増す。




「はぁ、どうしてこのドラゴンはこんなにも馬鹿なのか...」




そういって家に戻るエルフ。




「ちょっ...待ってください、」




確かに結界とやらが壊される気配は全くないが、恐ろしすぎて足に力がはいらない。腰抜かした...




再びドアが開き、エルフが出てくる。そのわきにはキャンバスを二枚抱えている。




(な、なんでキャンバス?)




重なっていて一枚しか見えないが、手前のキャンバスには月夜に吠える三匹の狼が描かれていた。




そのキャンバスにササっと何かを描いた瞬間、キャンバスの中から三匹の白い狼が現れた。その狼の気迫はドラゴンに匹敵するほどで、俺は見ていることしかできなかった。




三匹は同時にドラゴンに襲いかかる。狼はその俊敏さとコンビネーションで徐々に獲物を追い詰め、ドラゴンはというと、その巨体ゆえに三匹を捌ききれず防戦一方。耐えかねたドラゴンは空へ逃げようとするが、閃光のように飛んできた何かが翼を撃ちぬいた。高度の落ちたドラゴンはあっけなく狼たちに捕らえられ、動かなくなった。




「よくやったお前たち。」




撫でられた狼たちは満足そうにキャンバスの中に消えていく。




壁に立てかけられたもう一枚のキャンバスには神々しい弓と矢が描かれていた。




(これでドラゴンの翼を射抜いたのか?いやいや!そもそもなんでキャンバスの絵が飛び出してくるんだよ?!)




頭の整理がつかない。いったいどうなってるんだ。




俺が困惑している中、エルフのお姉さんはドラゴンに近づき、鱗を一枚ひっぺがした。




「ほら!!いつまで寝てるんだ!!鱗一枚貰っとくからな!もう来るんじゃないぞ!」




ドラゴンの耳元で叫ぶ。気が付いたドラゴンは逃げるようにフラフラと飛び去って行った。




「この鱗、発色最高の顔料になるからいいんだが。店の周りで騒がれると迷惑だし、焼けた庭の手入れを誰がすると思ってるんだか...」




そうぼやきながら鱗とキャンバスを抱えて家に帰って行った。








『...もしかして俺、忘れられてる????』






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