第7話
第7話
ベンチが一つだけ、日陰に入っていた。
他は、まだ光が当たっている。
時間の問題だと分かる程度の、浅い影。
彼女は、そのベンチを選んだ。
理由は聞かない。
こちらも、同じ影に入る。
座ると、背もたれが少し冷たい。
さっきまで、誰もいなかったのだと思う。
(今が、ちょうどいい)
何が、とは考えない。
彼女が紙袋を膝に置く。
中身は、さっき見た菓子と同じ包装。
開けない。
しばらく、そのまま持っている。
「甘いの、あとででいい気がして」
理由になっているようで、なっていない。
「そうですね」
合わせる。
合わせた理由は、分からない。
人の流れが、少し増えた。
買い物袋の音。
靴底が、床に触れる音。
それらが混じって、
一つの音になる。
彼女が、靴の先を揃える。
無意識の動き。
こちらも、揃える。
気づいたときには、
もう揃っている。
「前に、こういう場所で」
彼女が言う。
「何も起きなかったこと、あります?」
判断が、遅れる。
「だいたい、何も起きません」
答えは、少し逃げている。
彼女は、否定しない。
「そうですよね」
納得というより、確認。
少し間が空く。
遠くで、案内放送が鳴る。
内容は、聞き取れない。
言葉だけが、削られている。
「……あれ、何て言ってました?」
「分かりません」
どちらも、聞き返さない。
必要が、ない。
彼女は、紙袋を開ける。
菓子を一つ、割る。
こちらに、半分。
受け取る。
さっきより、近い。
指が触れたかどうかは、
分からない。
甘さは、同じ。
変わらない。
(変わらない方が、楽だ)
考える。
答えは、出ない。
彼女が言う。
「さっきの自販機の話」
「はい」
「あれ、
点いてない方が正しい気がするんです」
こちらは、少し考える。
判断が、遅れる。
「……自分も、そんな気がします」
一致した。
だからといって、
何も起きない。
彼女は、少しだけ笑う。
声は出ない。
表情だけ。
それを、こちらは見ている。
見ているが、
意味は付けない。
立ち上がる。
同時ではない。
こちらが、半拍遅れる。
歩き出す。
歩幅は、合う。
合わせようとは、していない。
外の光が、さらに傾く。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
(同じだと思えたのは、たぶん後からだ)
影は二つに分かれ、
それぞれ、別の方向へ伸びていた。
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