正しかった気がする
キンポー
第1話
駅前の公共施設は、朝九時ちょうどに開く。
俺は九時一分前に着いた。少し早すぎたと思ったが、外で待つほどでもなかった。
自動ドアはまだ閉まっている。
中に人影はない。照明だけが点いている。
(九時きっかりじゃないと開かないタイプか)
時計を見る。
九時〇〇分。
ドアは開かない。
俺は一歩下がった。
センサーの位置が悪いのかもしれない。
もう一度、近づく。
開かない。
(まあ、そういう日もある)
入口の横に、利用案内の看板がある。
開館時間 午前九時。
俺はもう一度時計を見た。
九時二分。
ドアの前には、俺しかいない。
並ぶ必要はない。
空いている時間帯だ。
(今日は手続きが早く終わりそうだ)
そう思って、少し気が緩んだ。
喉が渇いていることに気づいた。
自動販売機は入口の外にある。
中に入ってから買うより、今のうちに買っておいた方がいい。
百円玉を入れる。
お釣りが戻ってくる音がした。
入れたはずなのに。
もう一度入れる。
今度は受け付けた。
(最初のは、軽かったか)
缶コーヒーを押す。
冷たい方にした。
朝だから。
取り出すと、思ったより冷たい。
冷蔵庫から出したばかりみたいだ。
(こんなに冷えてたっけ)
一口飲む。
舌が少し痺れる。
俺は入口から少し離れた。
ドアが開いたかどうか、見えなくなる位置だ。
二口目を飲んだところで、背後から音がした。
自動ドアが開く音だ。
振り返ると、誰かが中に入っていく。
俺より後に来た女だった。
(あ、開くんだ)
急いで戻る。
ドアは閉まっている。
女は中で立ち止まり、振り返った。
俺と目が合ったが、何も言わなかった。
俺はもう一度、ドアの前に立つ。
開かない。
(タイミングか)
女は受付の方へ歩いていった。
中は静かだ。
職員の声は聞こえない。
俺は自販機の前に戻った。
冷たいのは失敗だった。
次は温かいのにしようと思った。
小銭を探す。
百円玉がない。
さっき、二枚入れた気がする。
(まあ、いいか)
缶コーヒーを持ったまま、入口に戻る。
今度は、ドアが開いた。
中は、さっき外から見たよりも明るい。
音がない。
時計の秒針の音だけがする。
受付には誰もいない。
ベルが置いてある。
俺はベルを鳴らさなかった。
そのまま立って待つことにした。
(急ぐ理由はない)
缶コーヒーは、まだ半分残っている。
冷たい。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
(やっぱり、冷たいのは失敗だった)
受付の奥で、秒針の音が一つ、ずれた。
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