第4話

第三章  献身




その時の俺は、

神話や民話が生活に根付いた山の麓にいた


不死鳥と呼ばれる姿の俺は

村の住人に神の化身と崇められる


神の罰を受ける存在の俺が神の化身とは…


皮肉だな









麓の村から供物を運ぶ役割の少女達の中に、まだ幼い彼女を見つけた


年長者に連れてこられた彼女は

俺の赤い羽が珍しいのか、

まんまるな瞳をキラキラと輝かせる


俺も顔を上げ、嘴を開けて笑って見せる。


ぴゃあ

途端に驚いて年長者の陰に隠れてしまった


ああ、この彼女は俺を見てくれる


それだけでこの生は幸せだと確信した




村の長老が訪れた際、

俺との橋渡し役を彼女にするよう指示をした


訝しまれるがすぐにたぬき親父はにこりと頷く


それならばいっそ生贄として供えましょうか


などと下らない世迷い事に一瞬心がぐらりと揺らぐ



彼女が生贄として俺の元へ来るのなら

彼女のこれからの一生は全て俺の…


いけない!誘惑に惑わされるな!




彼女と結ばれる事が神に禁じられている以上

俺に出来る事は彼女の幸せを願い寄り添う事だけだ


間違えるな






季節ごとに俺の元へやってくる彼女の側で

独り言のようなおしゃべりを聞きながら

羽を休めることが何より幸せな時間だった


年月を経るにつれ、彼女は美しく成長していく

隣の村の、ソラという青年と恋に落ち、

やがて伴侶となった


腹をやけに気にしながら、

しばらく会いに来ることは出来ない

そう幸せそうな表情で俺に告げた


彼女によく似た可愛らしい

双子が俺の周りを走り回り

彼女がそれを叱る日もあった


彼女が幸せなら、それで満足だ

自分にそう言い聞かせる


彼女の生活が変わるたび、

彼女の近くにいるものたちへの嫉妬で

己を燃やしそうになる

それでも、彼女が幸せであるならば…




ある年、今年は作物が育たなかった

そう申し訳なさそうに

例年の半分にも満たない供物を持って彼女が現れた


どの時代の彼女よりも歳を重ねた彼女は

それまでと同じように俺の近くへ腰を下ろし、

村の様子、家族の様子を俺に話して聞かせる


曰く、このまま不作が続いては

村全てが飢餓状態になってしまう。


季節が変わる前に私が生贄になる事に決まった

不死鳥様のものになるので

その代わり村を救ってほしい


私はもう孫もいるようなおばあちゃんだから

不死鳥様はご不満かもだけど…


などと自嘲気味に笑う



頭にカッと血が上り、炎を出しそうになる


ふざけるな!

ふざけるなふざけるな!馬鹿にするな!!


俺は、この時代の彼女が幸せに暮らしている

その一端に存在していることが幸福だ


こんな形で彼女の生を俺に縛り付けるつもりはない


そんな悪魔のような誘惑をするな!



思考を振り払うようにバサっと羽を広げ、

一飛びに村へと降り立つ


痩せ細った田畑を見廻し、その全てを焼き払う


俺の生命を込めた炎だ

この先100年、不作になることはないだろう


彼女の願いを叶えられたことで

満ち足りた気持ちになる


ソラも彼女の子らも孫も、村の連中はどうでもよい

だが、彼女の幸せにそいつらが必要なのだ

共に救うしかない







炎を出しすぎた


この時代の俺の寿命はそろそろかもしれない。


空を飛びながらも何度もバランスを崩し

何度も落ちそうになりながら

彼女と初めて会った場所へと降りる



不死鳥は己が出した炎で灰になる

視界が赤く染まる中、

息を切らした彼女が少し遠くに見える



彼女が近づくよりも早く終焉の炎が俺を焼き尽くす


ありがとう


遠くで彼女の唇が動いた


彼女が幸せであるなら、後悔はない


彼女と初めて会った時と同じように

嘴を開けて笑い、目を閉じた






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