追放された『荷物持ち』、実は世界の『質量』を管理していた〜俺が抜けて重力崩壊した元パーティが地這いつくばる横で、俺は空飛ぶ空中要塞を建てる〜

しゃくぼ

第1話:重いのは俺の荷物じゃない。お前たちの『罪』だ。

「――カイル。悪いが、お前はもういらない」


 魔王領を目前に控えた、乾いた風が吹き抜ける荒野。

 勇者ゼオスは、抜けるような青空の下で吐き捨てた。


 その隣では、聖女リアナが汚いものを見るような目で俺を見つめている。


「……えっ? 今、なんて?」

「耳まで悪くなったのか? 無能な『荷物持ち』はクビだって言ってるんだよ」


 ゼオスが鼻で笑い、黄金の鎧をガチャリと鳴らす。

 俺の背中には、パーティ全員分の予備武器、防具、食料、そして野営道具が詰まった巨大な革袋が括り付けられていた。

 その総重量は、常人なら背負った瞬間に背骨が砕けるレベルだ。


「待ってください。ここから先は魔王軍の最前線です。戦闘のできない俺が一人で残されたら……」

「知るかよ。お前はただのポーターだ。今まで俺たちの『おこぼれ』でここまで来れただけでも感謝してほしいわ」


 リアナが扇子を広げ、不快そうに顔を背ける。


「だいたい、あなたのせいで進軍スピードが遅いのよ。もっと身軽で、魔法でも使えるポーターなら他にもいるわ。この『お荷物』さんが」


 お荷物、か。

 俺は視線を落とし、自嘲気味に口角を上げた。


 十年間。

 彼らが寝ている間も装備を研ぎ、彼らが豪華な食事をしている間も俺は干し肉をかじり、彼らが快適に歩けるように「調整」し続けてきた。


 その結果が、これか。


「……わかりました。そこまで言うなら、お受けします」

「話が早くて助かるぜ。さあ、さっさとその荷物を置いて消えろ。それは俺たちの金で買ったもんだからな」


 俺はゆっくりと、背中の巨大な荷物を地面に下ろした。

 ドサリ、と重苦しい音が響く。


「……最後に一つだけ、言っておきますね」

「あ? 命乞いか?」

「いえ。俺の固有スキル『総量調整(インベントリ・バランス)』。これは単に荷物を収納する力じゃない。俺の認識する範囲内の『質量』を肩代わりし、均一化するスキルなんです」


 ゼオスが「はあ?」と眉をひそめる。


「つまり、あなたたちが今まで羽のように軽く動けていたのは、俺があなたたちの装備の重さを――そして、この世界の『抵抗』を、俺一人で肩代わりしていたからなんですよ」


「ハッ! 何を寝ぼけたことを。俺たちが強いのは、俺たちの才能だ!」

「そうですか。では――『解除(リリース)』」


 その瞬間だった。


 ――ミリッ。


 世界が、軋んだ。

 大気が悲鳴を上げ、物理法則が無理やり本来の姿に巻き戻される「音」がした。


「……っ!? な、なんだ!?」


 異変はすぐに訪れた。


「ぎ、えっ……!? お、重い!? 体が、動か……ッ!!」


 ゼオスの叫びは、地面に叩きつけられる衝撃音にかき消された。


 ゴガガッ!!!


 勇者の黄金の鎧。

 それは伝説の重金属で作られた、本来なら一人で歩くことすら困難な「鉄の塊」だ。

 今まで俺がその質量を99%カットしていたからこそ、彼はあんな風に跳ね回れていたに過ぎない。


「あぎゃああああっ! か、顔が! 地面にぃぃ!」


 ゼオスはカエルのように地面に平伏し、自らの鎧の重さに押し潰されていた。

 鼻柱が折れ、地面の石が顔面に食い込んでいる。


「きゃああああっ!! な、なにこれ! 杖が……杖が抜けないのぉぉぉ!!」


 リアナも同様だった。

 彼女が持っていた聖なる杖。その先端の巨大な魔石。

 その「真の重さ」が解放された瞬間、杖は彼女の腕ごと地面に突き刺さった。

 リアナは腕をあらぬ方向に曲げ、無様に尻餅をついて、そのまま地面の「重力」に捕らえられた。


「グゥ……ッ! カイル……貴様、何をした……っ!」

「何もしいていませんよ。ただ、お返ししただけです。あなたたちが本来背負うべき『重み』をね」


 俺は身軽になった体で、ゆっくりと歩き出す。

 一歩踏み出すごとに、体が羽のように軽い。

 いや、軽いんじゃない。

 今まで数トン分の質量を一人で受け止めていた反動で、身体能力が極限まで跳ね上がっているんだ。


 その時。

 空を裂くような咆哮が響いた。


 ――グオオオオオオオッ!!


 現れたのは、この辺り一帯を支配するSランクモンスター、ウィング・ワイバーン。

 三体もの飛竜が、獲物を見つけて急降下してくる。


「ひ、ひぃぃっ! ワイバーン! ゼ、ゼオス、早く倒して!」

「ム、ムリだ……指一本……動か……な……っ!」


 地這いつくばる勇者たち。

 絶体絶命。

 だが、俺は逃げなかった。


「ちょうどいい。試してみるか」


 俺は足元に転がっていた、親指ほどの小さな小石を拾い上げた。

 そして、スキルを発動する。


「『質量集中(マス・オーバーロード)』――対象、この石ころ。重さ、とりあえず10トン」


 小石が、どす黒い輝きを放つ。

 見た目はただの石だが、今のそれは「密度」が狂っている。


「せいっ」


 俺が軽く小石を投げると――。


 ドッ、ォォォォォンッ!!!!!


 空気が爆ぜた。

 投げ放たれた小石は、音速を超え、衝撃波(ソニックブーム)を撒き散らしながら直進。

 ワイバーンの頭部に接触した瞬間、衝突エネルギーが爆発した。


 バギャァァァンッ!!


 ワイバーンの頭部が、まるでトマトのように跡形もなく弾け飛ぶ。

 それだけじゃない。

 余波の衝撃波だけで、後ろにいた二体も翼をズタズタに引き裂かれ、肉塊となって地面に墜落した。


 ズドォォォォン……!


 大地が震える。

 ただの小石一つで、地形が変わるほどのクレーターができていた。


「……あ。やりすぎたかな?」


 俺は自分の手のひらを見る。

 質量を操る。

 それがこれほどまでに「暴力」だとは、俺自身も知らなかった。


「さてと。こんな物騒な地面にいる必要もないな」


 俺は、先程倒したワイバーンが転がっている巨大な岩塊に手を触れた。

 重さ、マイナス100トン。


 ゴゴゴゴゴ……。


 巨大な岩が、物理法則を無視してフワリと浮き上がる。

 俺はその上に飛び乗った。


「これなら、魔王軍も届かない。俺だけの安全な場所だ」


 浮遊する岩。

 いずれここに、誰にも邪魔されない最高の「空中要塞」を建ててやる。

 ワクワクするような高揚感が、胸の中に広がっていく。


「あ……あ……」


 地面から、情けない声が聞こえた。

 泥を舐め、自分の鎧の重さにミシミシと骨を鳴らしているゼオスが、血走った目で俺を見上げている。


「待て……カイル……! どこへ行く……! 戻れ……戻って、この重さを消せ……ッ!」

「お断りします。それは俺の仕事じゃありませんから」

「ふ、ふざけるな! 俺は勇者だぞ! 俺がいなくなったら世界が――」

「世界がどうなろうと、俺の知ったことじゃない。俺はもう『お荷物』を運ぶのは、こりごりなんだ」


 俺を乗せた岩塊が、ゆっくりと高度を上げていく。


「あ……ああ……! 行かないで……カイル、助けてぇぇ……っ!」

「重い……重いのよぉぉ! 誰か……誰かぁぁぁ!!」


 リアナの泣き叫ぶ声も、風の音にかき消されていく。

 

 荒野に取り残された元パーティ。

 彼らはもう、立ち上がることすらできない。

 

 俺は、突き抜けるように高い空へと、真っ直ぐに昇っていった。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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