ギャルゲーの親友キャラは主人公を好きになれない

@4692momoi

第1話 僕のせいだと言ってくれ


 朝起きたとき、僕は気づけば女になっていた。

 これが表すことは一つしかない。

 『  』くん、きみ、僕が好きだったの?



 

 ここはギャルゲーの世界。

 いくつものギャルゲーが共存していて、僕らサポートキャラは何故かその意識を持っている。

 ギャルゲーというのは様々な女の子と恋愛をするゲームで、選択肢によって結末が変わるのがポイントだ。僕らサポートキャラは、主人公のハッピーエンドを願って陰ながらサポートするのが役割なのだ。例えばヒロインが好きなものやヒロインの居場所を教えたりとか、都合よくヒロインと遭遇させたりとか。

 代々僕の家族はサポートキャラで、僕も親友キャラとしての責務を果たすために奮闘している。


 サポートキャラは主人公が誰か、ヒロインが誰かということが直感的に分かるんだ。僕の主人公は『  』くんで、幼馴染の攻略に取りかかっている。筈だったんだけど、最近上手くいってない。

 喧嘩をしてしまったのか、登下校を一緒にしなくなってしまい、何故か僕と行き帰りを共にしている。


「急にどうしたの? 榎本さんと喧嘩しちゃった? 榎本さんあそこのカフェが気になってるみたいだからお詫びに誘ってみなよ」


「いや、榎本とは何もないんだ」


「……え? そうなんだ」


 全然そんなことないはずなんだけどな。だって明らかに榎本さんは『  』くんのこと気まずそうに見てたし、一緒の登下校だってやめてしまったのに。


「何かあったら僕に言ってね、なんでも相談にのるよ」


「……ありがと」


 『  』くん、僕には言いたくないのだろうか、それとも榎本さんには素直になれないとか? 早くしないとバッドエンドになってしまうのに、主人公は気づけないから大変だ。



 やっぱり何があったのか榎本さんに聞いてみようかな。何も知らないと助けになれないし。

 休日、榎本さんが図書館で本を読んでいるのを見かけてひっそりと声をかける。


「榎本さん」


「どうしたの? 川島くん」


「『  』と何かありましたか? 彼が失礼なことをしていたら謝らせたいんですけど……」


 榎本さんは本を置いて僕を見上げた。


「どうして何かあったと思うの?」


「いつも榎本さんと登下校してたのに急に僕を誘うようになったから、気まずいのかと思って……」


「あー、ある意味そうなのかな」


「な、なにが!?」


「川島くん、ここ図書館だよ。外出よっか」


 榎本さんは口元に人さし指を当ててにっこりと笑った。こういうところが本当にお姉さんっぽいなぁと思う。榎本さんは本の貸し出し手続きをして外へと歩き出した。少し振り返って僕を手招きする。僕は一歩後ろをついていく。


「あのね、私と『 』くんは幼馴染だから、両親によろしくねって言われてたのもあって、ずっと一緒に登下校してきたの。でも、もう高校生になったのにそれはお互い恥ずかしいかなって、やめようって話になったんだ。最近は私も友達と下校してるよ」


「そ、そうなんですか。たしかに……。よかった、喧嘩とかじゃなくて」


「もう喧嘩するほど私と『 』くんは元気じゃないよ」


 僕の心配がよっぽどおかしかったのか榎本さんはくすくす笑っている。本当に何もないみたい。よかった。

 つまり異性として意識しだしたということでいいのだろうか。離れてるうちにやっぱり一緒がいいと思うようになる、みたいな。好感度が順調に上がっているからこそのイベントかもしれない。

 思わず榎本さんのことも忘れて考え込んでしまっていると、再び笑い声が聞こえてきた。びっくりして顔を上げると、いよいよ榎本さんの笑いは止まらなくなってしまったらしい。


「あははは、ごめんね、笑うことでもないんだけど……川島くん反応が正直過ぎるし、なんだか微笑ましくてっはは」


「そ、そんなつもりはないんですけど……」


「そう、だよね、ふ、ふふふふ」


「榎本さんっ!」


「ごめん、ごめんね。ちょっと待って落ち着くから」


 榎本さんは僕から顔をそらして深呼吸する。え、そんなにおかしかったの僕。しばらくして落ち着いたらしい榎本さんが顔を上げた。


「よし、お待たせ、川島くん」


「え? 待ってないですよ?」


「……ッ、やめて、また笑っちゃいそう」


 榎本さんは再び顔を反らす。え、えー。


「ふふ、『 』くんが羨ましいなぁ。こんな素敵な友達がいてさ」


「え、え、え、……え? ありがとうございます?」


「うん。どういたしまして」


 突然な話に言葉を失う間にも榎本さんはくすくす口元に手を当てている。お上品だ。


「『 』くんがさ、私と一緒に登下校してたのは、『 』くんに友達がいなかったのもあるの。『 』くん、口下手でね。言葉選びが下手なの。私はそこも意外と嫌いじゃないんだけどな………だから川島くんみたいに親友って呼ぶくらいのこができてさ、私も嬉しいの」


 親友キャラである自負はあったものの『  』くんの幼馴染でもある榎本さんのお墨付きがもらえるとはすごく嬉しい。なんだか照れくさい気持ちになって顔が暑い。


「川島くんだから言うんだけどね、私最近おかしいんだ。『 』くんのことを変に気にしちゃうの。だから一緒に登下校するのは落ち着かなくてさ、かといって『 』くんはほっとけないしって。……でも、川島くんがいるなら安心だね」


 榎本さんは僕の両手を包み込んでしっかりと目を合わせる。陽光のようなまなざしで、彼女は僕に言い聞かせた。


「お願い。川島くんはずっと『 』くんの友達でいてあげてね」


 凪いだ池のように静かで、深みのある響きに僕は呑み込まれそうになった。それだけ強く、温かい言葉だった。

 頷こうとしたところで、榎本さんがパッと手を離す。


「って、私が言うことじゃないんだけどね。…………ごめんってば」

 

 榎本さんが何故謝ったのか分からなくて何か言おうとするも、彼女が僕を見ていないことに気づく。その視線の先には、


「『 』くん、怖い顔になってるよ」


 鬼の形相となっている『  』くんがいた。瞳孔がかっ開いていてなんだか怖い。思わず肩を揺らすと、『  』くんは「あ」とだけ呟いて俯いてしまった。


「じゃあ、私も一緒に帰りたいんだけど、図書館に忘れ物したみたいだからまた学校で」


 手を低いところで振る榎本さんに頭を下げる。彼女は背を向けてさっそうと去っていった。しかし『  』くんは依然俯いたままだ。どうしたものかと思って僕も足元を見ていると、ふと手を握られる。顔を上げると、余裕のない顔で『  』くんが僕を見ていた。


「なんで。……なんで榎本と一緒にいたんだ?」


 なるほど。嫉妬か。きっと榎本さんと話す僕に嫉妬してしまい、その気持ちが分からず呆然としている間に榎本さんが去ってしまったのだ。

 これは着実に榎本さんルートが進行しているということである。


「たまたま図書館で会っただけだよ。にしても『  』くん、そんなに焦って……もしかして嫉妬ってやつ?」


「ちが……いや、川島に言ったって無駄だよな」


 ニヤニヤしそうになるのを抑えながら首を傾げるも『  』くんの返事は煮え切らなかった。僕に言ったって無駄ってどういう意味だよ。僕は何事にも真摯に答えているつもりなのに。

 『  』くんはため息を吐いて、家へと歩き出す。僕はそれをゆっくりとおいかけた。


「川島。俺、榎本のことが気がかりなんだ。お前と話してると思うと落ち着かない。だから、もう榎本とは話さないでくれないか」


「えー、どうしようかな」


 素晴らしい嫉妬だ。榎本さんへの思いが募っていることがよく分かる。からかってやろうと思ってはぐらかすと、『  』くんは僕の両肩を掴んだ。


「川島、頼む」


 『  』くんは見たことがないくらい真剣な目をしていた。そんな『  』くんの様子に僕は感動した。

 すごい、『  』くんは本気で榎本さんのことが好きなんだ。

 ギャルゲーであるこの世界において主人公の気持ちはとても大切だ。プレイヤーがいない以上は揺るがない方針は主人公によって決められる。優柔不断ではバッドエンドまっしぐらだ。


「わかった」


 心配しなくていいよということを伝えたくて笑みを作る。大丈夫。きっとその気持ちがあれば『  』くんはハッピーエンドへとたどり着ける。

 榎本さんのような素敵な幼馴染とそこへたどり着けるなんて、『  』くんはきっと幸せ者だろう。


 ハッピーエンドに盲目な僕は、『  』くんが煮えきらない顔をしていることに気づかなかった。


 今は思いを募らせる期間ということで、榎本さんにアタックしない『  』くんを容認していた僕だが、ついに榎本さんが『  』くんを呼び出したのを見て行動を起こしている。

 榎本さんが『  』くんに何を伝えるか確認しないと! ということで榎本さんが『  』くんを呼び出したところで待機して隠れていた。そこへ榎本さんが、次に『  』くんがやってくる。


「で、用って何だよ。榎本」


「今日はね、『 』くんに伝えたいことがあって呼び出したの」


 榎本さんが更に『  』くんへとちかづく。


「私、『 』くんのことが好き。私とつきあってくれないかな」


「お前、分かってて言ってるだろ」


 ニコリとした笑顔の榎本さんを『  』くんはまっすぐ見つめる。俺も同じ気持ちなのを分かってていってるだろ、ということなのだろうか。にしては顔が険しいような。


「だから告白したんだよ? 返事、聞かせてくれるかな」


 榎本さんは物怖じせずに畳み掛ける。

 言え! 『  』くん! 言ってしまえ!

 榎本さんのことが好きなんでしょ!

 

「無理だ、榎本とはつき合わない」


 目の前が真っ暗になった。どうして? 『  』くんのハッピーエンドは目の前にあるというのに。

 わけが分からなくて青褪める僕とは違って、榎本さんは淡々と首を傾げる。


「なんで?」


「俺は、川島のことが好きなんだ」


「そっか、じゃあ仕方ないね」


 榎本さんの返事を聞いて、すぐに『  』くんは背を向けて去っていく。取り残された榎本さんは一つため息を吐いて、僕のほうを見た。


「『 』くんが心配だからって、盗み聞きとは感心しないなぁ、川島くん」

 

「……! す、すみません!」


「ごめんね、怖がらせるつもりはないんだけど。……さっきの聞いてたでしょ? 川島くんはどうするつもりなの?」


「え……?」


 榎本さんに、質問されたことの意味が分からなかった。だって、『  』くんは榎本さんのことが好きな筈で……だから僕はそれを応援するだけで……


「どうするもなにもあんなの照れ隠しですよ。『  』くんは榎本さんが好きだと決まってます」


「そうは見えなかったけどなぁ」


「…………」


「とにかくフラレちゃったけど私、『 』くんの幼馴染だし。困ったことがあったら相談してね」


 ひらりと手を振って榎本さんもいなくなってしまった。一体、何が起きてると言うんだろう。



 翌朝、ありえない異変に僕は震えていた。身体がおかしい。何がおかしいって、僕、女の子になってる?

 朝起きたとき、僕は気づけば女になっていた。

 これが表すことは一つしかない。

 『  』くん、きみ、僕が好きだったの?

 榎本さんに言ってたけど本当に?

 昔、親友キャラ仲間から聞いたことがある。たまに、主人公が親友キャラやライバルキャラを好きになることがあるんだって。そのときにはそのキャラは女性になってしまうらしい。だって、ギャルゲーの世界だから。そしてもともと主人公のことが好きだったことになって、ハッピーエンドへと向かうんだって。

 もともと親友キャラは無条件に主人公の幸せを願ってしまうようにできている。なら、ヒロインを望まれた親友キャラは主人公に都合がいいように、主人公のことを好きになってハッピーエンドへ導こうとするのだ。

 じゃあ、僕は? 『  』くんのこと、好きになれるの? え? だって、僕は友達……


「僕、『  』くんの友達ではいられないの?」


 自分の内側から聞き慣れない高音が響いた。え? なにこれ、僕の声なの? 何度喋っても同じ高音が聞こえてきて、筆舌に尽くしがたい嫌悪感に苛まれる。頑張って低く声を出そうとすればいつもの声になるが、気を抜けば聞き慣れない高音が耳を犯した。

 あまりの異常に呆然としていると、ドアベルの音が響いてきた。そしてしばらくして母から、「クラスメイトの榎本さんが来た」と叫ばれる。僕はなるべく低く返事をして、榎本さんを部屋に迎え入れた。


「昨日ぶり、川島くん。顔色が悪かったから気になって様子を見に来ちゃった」


「昨日ぶりです。榎本さん」


 情報が飲み込めなくてどこかぼんやりとしたまま榎本さんに返事をする。「大丈夫じゃなさそうだね」と榎本さんは苦笑した。


「昨日はごめんね。置いて帰っちゃって」


「いえ、榎本さんもショックだったでしょうから」


「そりゃそうだけどさ、川島くん、顔色悪いよ」


 榎本さんは僕をベッドの縁に座らせて、同じように自身も隣に座った。そして僕の手をそれぞれ握る。


「気持ち悪いよね」


「え?」


「気持ち悪いよね。友達にそういう目で見られるのってさ」


 頷くこともできない僕に榎本さんは優しく笑いかける。


「この前、ずっと友達でいてあげてねなんて言ったけど。忘れてくれていいからね。あんなヤツ縁切っちゃっていいと思うよ」


 確かに友達でいることはもうできないことは分かってる。僕が何をするべきなのかは分かってるんだ。

 僕は本当は『  』くんのことが好きで、しかし初めての友達のために幼馴染との恋を応援する。でも『  』くんは僕のことが好きで、僕は涙を流して喜びながら実は女だったことを明かし、それでも好きだと言う『  』くんの告白に答えて、結ばれる。純粋に主人公の幸せを願う健気な子と主人公の素晴らしいラブストーリー、ハッピーエンドだ。それが、それが正しいのに。

 僕は『  』くんのこと好きじゃない。

 お父さんもお母さんも兄さんも姉さんもサポートキャラ、親友キャラで、僕も主人公をハッピーエンドまで連れて行くんだってずっと憧れていた。なのに、なのに僕は……

 僕が、僕がいなければ、『  』くんと榎本さんはうまくいっていたのだろうか。


「大丈夫だよ、川島くん。君は悪くない。『 』くんが怖いね。でも大丈夫。あんなヤツ二度と会わなくていいんだよ。私のことも気にしなくていいの」


 榎本さんの手が僕をあたため続ける。同情する言葉が耳から流し込まれる。



 もういっそ


 


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