第29話 魔獣出現の真相と黒幕の影
静寂に包まれたグランベルク侯爵邸の一室。
重厚な書斎の奥、蝋燭の炎が揺れる中で、侯爵は薄暗い机に向かっていた。
彼の顔には成功への確信と、そして冷酷な野心が浮かんでいる。
「ふむ……魔獣の異常発生は計画通りに進んだようだな」
侯爵は手元の報告書に目を通しながら、満足げに呟いた。
――――魔獣の森での騒動は彼の仕業だった。
学院の教師たちが引率する実習の場を狙い、密かに魔獣を操って放ち、混乱を引き起こしたのだ。
目的は学院内での平民教師の評価を貶め、ひいては学長の権威をも揺るがすことにあった。
「ヴァルドもきちんと役目を果たしたようだな。あの男は愚かではあるが、貴族の権威に固執する点では、我々にとって都合のいい駒だ」
侯爵は隣に置かれたヴァルドからの報告書に目をやった。
彼らは秘密裏に結びつき、学院内からの平民排除という共通の目的のために動いていた。魔獣の異常発生もその一環として仕組まれたもの。
そして、うまくレイドをおびき寄せるためにわざと大きな声で叫んだのも当初の計画通り。
若干、本気で怯えていたのは想定外だったが……。
「平民が学院の教師など、言語道断。あの学長も勇者の娘というだけで、平民の分際で学院のトップに居座っている。いつか、あの娘も排除せねばなるまい」
侯爵の瞳に冷たい光が宿る。
彼の野望は学院からの平民排除に留まらない。
この王国そのものを自身の支配下に置くことだった。
「この王国は国王陛下の甘い統治により、すっかり腑抜けてしまった。平民どもに安易な機会を与え、貴族の秩序を乱している。このままでは王国の未来はない」
彼の頭の中ではすでに新たな王国のあるべき姿が描かれている。
貴族が絶対的な権力を持ち、平民はひたすらそれに従うべき存在となる世界。
「国王陛下も邪魔だ。あの老いぼれは平民教師やあの学長をやたらと擁護する。これでは我々貴族の真の力が発揮できぬ。いずれ、排除せねばなるまい……」
侯爵は手にしたペンをカチリと音を立てて置いた。
彼の計画は着々と進行している。
王国に不穏な陰が差し始めた。
しかし、その陰の正体を知る者はまだいない。
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魔獣の森での戦闘から数日が経ち、学院内の雰囲気は劇的に変わっていた。
俺の周囲に対する見方は文字通り一変したのだ。
まず、アランだ。
彼は完全に俺に心酔していた。
以前の傲慢で鼻持ちならない態度は消え失せ、俺を見るたび、まるで宗教の開祖でも見るかのように目を輝かせている。
「レイドさま! 今日の授業もどうか、どうかご教授くださいませ! あなたさまのお言葉こそ、この世の真理! 我が魂の導き手!」
「ああ、わかったわかった。教えてやるからちょっと声量落とせ」
アランは俺に近づくたびにそう叫び、深々と頭を下げる。
まるで憑りつかれたかのようだ。
彼の取り巻きたちも、最初は『アラン様、なにを言ってるんですか……と』していたが、アランの熱狂ぶりに押され、徐々に俺を『レイドさま』と呼び始める始末だ。
ここまでくると宗教だな。
「レイドさまは我々貴族に真の魔法の道を示してくださったお方だ!」
「もはや、先生などと呼ぶには畏れ多い。レイドさまと呼ぶのが相応しい!」
俺はといえば、『やれやれ、困ったものだな』と苦笑するしかなかった。
まさか、自分がこんな形で崇拝される日が来るとは、夢にも思わなかった。
貴族教師たちも、俺に対する態度は一変した。
以前は露骨に敵意を向けていた者たちも、俺の実力とアランの変わり果てた姿を見て、完全に怯えきっている。
彼らは俺を見るたびに顔を引きつらせ、どもりながら質問してくる。
「レ、レイド先生……! きょ、今日の授業は、一体どのような内容で……⁉ わ、我々も、よろしければ見学させていただいても、よろしいでしょうか……?」
「あ、あの……レイド先生。なにか、お手伝いできることはございませんか……? 些細なことでも、なんなりとお申し付けください!」
「まさか、平民ごときが、あそこまでの実力を秘めているとは……。我々はこれまでなにを見ていたのだ……」
「レイド先生のご教授であれば、我が子もきっと大きく成長することでしょう! どうか、特別に個人指導を……!」
もはや、以前のような傲慢な態度は見る影もない。
彼らは俺の実力を目の当たりにし、自分たちの無力さを痛感したのだろう。
一方でティアとフィオーレは不満げな様子だった。
「ちぇっ。最近、先生の周りに人が増えすぎじゃない? あたしとフィオーレだけで先生を独占できていたのに!」
ティアは口を尖らせてそう言った。
彼女は俺が他の生徒や教師に囲まれているのが不満なようで、露骨に嫉妬の視線を送っている。
「そうだよね……。なんだか、先生が遠い存在になってしまったような気がして……寂しい……」
フィオーレもしょんぼりとした表情で同意する。
以前は、俺と彼女たちの3人で、昼休みも一緒に食事をしていたのだが、最近では俺の周りに人が集まってくるので、それが難しくなっていた。
「やれやれ、困ったものだな。俺はただの教師なんだが」
俺がそう言うとティアは俺の腕に抱き着くようにして言った。
「なに言ってるのよ、先生! 先生はあたしたちの先生なんだから! だから、昼休みはあたしとフィオーレと先生の3人でご飯を食べに行くの! もう、四六時中一緒よ! 誰も先生を渡さないから!」
「はい、レイド先生! わたしたちだけの先生でいてくださいね! 先生の隣はわたしたち2人の特等席です!」
「ええ……」
フィオーレも俺のもう片方の腕に抱き着いてきた。
2人は俺にべったりと密着し、まるで俺を独占しようとしているかのようだ。
特にフィオーレは暴走気味だ。
学院一とも思える豊かなバストを俺に押し当ててくるので、正直、俺はかなり困惑していた。こんなことで、いちいち顔を赤らめる俺もまだまだ修行が足りないな。
「はぁ……わかったから、一旦離れろ。飯を食べたら急用があるんだ」
俺はそう言って、2人から逃げるようにその場を立ち去った。
2人は『えーっ!』、『待ってくださーい!』、『レイド先生、逃げないでください!』と叫びながら、俺を追いかけてくる。
「子ども相手に大人げないけどあれを使おう」
俺は隠蔽魔法で姿を隠し、2人を撒いてから、エレオノールのいる学長室へと向かった。
学長室に着くと、エレオノールは疲れた顔で書類の山と格闘していた。
……そして、部屋のあちこちにはひび割れや焦げ跡が見える。
「おじさま、ようやくおひとりになられましたか。ティアとフィオーレに追いかけ回されているのは、微笑ましいですけど、大変そうですね」
「あはは……教師って大変だよなー」
「そうですわね。モテる殿方は大変ですわね」
ちょっと怒ってない?
あ、でもにこやかに微笑んでるからそうでもない?
「やれやれ、本当に困ったものだ。あいつら、俺にベタベタしやがって……」
俺がそう言うと、エレオノールは少しだけ顔を曇らせた。
「そうですね……。おじさまが他の子たちに取られてしまうのは、少し寂しいと言いますか……怖いと言いますか……」
エレオノールの言葉に俺は思わず目を見開いた。
まさか、こいつまでそんなことを言い出すとは。
なんかの陰謀か?
俺はこの学院での教師生活が思っていた以上に波乱に満ちたものになることを改めて予感していた。
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