ユニットは、今日も回っている。

どうたぬき

第1話  結び目の高さ

早番の由良さんは、

ポニーテールを高めに結び直し、エプロンの端を指で払った。


その仕草だけで、フロアが動き出す。


「朝食、ゆっくりね」


声は柔らかい。

でも足は、もう次へ向いている。


日勤に入った村田は、

少し大きめのTシャツの裾を整えた。

胸元には、昔の部活の名前。


動きやすくて、洗ってもすぐ乾く。

それだけの理由で選んだ服なのに、

場の中では、少しだけ浮いて見える。


「はい」


返事をして、一拍遅れる。


由良さんのポニーテールが、

視界の端を横切った。


——綺麗だ、と思った。


でも、すぐに打ち消す。

今は、見るところじゃない。


九時。

申し送りを終え、夜勤明けのリーダーが帰る。


由良さんとリーダーは、

短く、和やかに言葉を交わし、

リーダーはそのまま帰路についた。


早番と日勤が重なる、

短くて密度の高い時間。


「トイレ誘導、私行くね。

村田さんは、今は全体見て」


エプロンの紐が、背中で軽く鳴る。


“判断を渡された”と気づいた瞬間、

村田の足が止まった。


——全体って、どこから?


遅番の機能が入ってきたのは、その隙間だった。


緑のスクラブは、

目立たないのに、見失わない。

身体の動きが、そのまま場に溶けている。


昼が近づくころ、

機能は何も言わず、フロアを一巡する。

視線だけで。


「……由良さん。昼、ちゃんと食べて」


「……ふふっ、ありがとう」


由良さんの歩幅が、少しだけ緩む。

ポニーテールを結び直す、その一瞬。


村田は、視線を落とした。


——真似するところ、そこじゃない。


機能は、壁際の椅子を一脚、静かに寄せる。

誰に向けた指示でもない。


それを見て、村田は判断を変えた。

記録は後回し。

今は、フロアに残る。


ひと段落したころ。

由良さんはエプロンを外しながら、村田に目を向けた。


「そのTシャツ、いいね。動きやすそう」


「部活の、昔のです」


「今日は、それで十分」


それが褒め言葉なのか、

ただの事実なのか、

村田には、まだ分からない。


夕方。

夜勤入りのお伊勢さんが来る。


短めのポニーテール。

ポロシャツはきちんと整っていて、

余計な情報がない。


「今日、どう?」


「……落ち着いてる。寝れるレベル」


「なら、いい」


お伊勢さんは、それ以上聞かない。

機能と一瞬、視線を交わす。


もう夜の判断が、始まっている。


現場は、今日も回っている。


エプロン、Tシャツ、スクラブ、ポロシャツ。

それぞれの服が、

それぞれの役割を連れて。

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