会話劇実験 オムニバス

zakuro

第1話 深夜、二人の孤独

深夜の公園は、街灯の淡い光に支配されていた。ベンチに座る久我翔は、手元のスマートフォンをいじるでもなく、ただ静かに風を受けていた。


「……こんな時間に来るなんて、珍しいね」

突然の声に、久我は顔を上げた。そこには、笑顔を湛えた美波結衣が立っていた。手には小さなカップを持っている。


「……眠れなかった」

久我は答えた。言葉は少なかったが、まっすぐに彼女を見つめていた。


「ふーん。私は眠れなくて歩き回ってたの。こういう時間、好きなんだ」

結衣はベンチに腰かける。カップの中の液体を見つめながら、指先で軽く揺らした。


「……好き、っていうのは?」

久我は小さく首をかしげた。


「そうね……誰にも邪魔されない、って感じ」

結衣は答えた。しばらく沈黙が続く。街灯の下、二人の影がゆらりと伸びる。


「誰にも……邪魔されない」

久我が繰り返す。声が小さく、遠くの音に吸い込まれていくようだった。


「翔は?」

結衣の声に呼ばれて、久我は視線を落とす。


「……俺は、一人だと、何もできない気がする」

久我は言葉を選ぶように、少しずつ口を開いた。「誰かがいてくれるから、動ける気がする。……でも、誰かに何かを求めるのも、嫌だ」


「……ふーん」

結衣は、ただ頷く。微笑みは消えずにいる。


「結衣は?」

久我が問い返す。


「……私はね、たくさんの人と話しても、結局一人になった気分になるの」

結衣の指先が、カップの縁を軽く撫でる。「だからこうして、深夜に独りでベンチに座るの、落ち着くの」


「……独り、っていうのは」

久我は、少し目を細めた。「安心、ではない?」


「……わからない」

結衣は首を振る。「安心かもしれないし、逆かもしれない。けど、今はここにいる私が、ここにいる翔といることだけが確か」


「……俺も、同じかもしれない」

久我は視線を前に戻す。街灯に照らされたベンチの縁を指でなぞる。声は静かだが、微かに震えているように聞こえた。


沈黙が二人を包む。風が枯れ葉を揺らし、遠くで犬が鳴く音がした。

結衣はゆっくりと息を吐いた。


「翔……孤独って、誰も理解してくれないのかな」

問いかけは、空気の中に溶けていった。


「……誰かに理解されるものじゃない、のかもな」

久我の声は小さい。ベンチに手を置いたまま、背を伸ばす。視線は遠く、街灯の光の先に漂っていた。


「でも、こうして話すと、少し違う気もする」

結衣は微笑む。微笑みは言葉にならない確かさを含んでいた。


「……そうかもしれない」

久我は頷く。短く、でもしっかりとした動作だった。


風がまた吹く。二人の影は、少しずつ寄り添うように揺れる。

深夜の公園は、静かに時を刻む。言葉は少なく、でも、何かは確かに交わされたように思えた。


「……もう少し、ここにいようか」

結衣の声に、久我は微かに笑った。言葉はなくても、頷きが返る。


ベンチに座る二人の間に、孤独が溶けることはない。けれど、重なり合う影が、わずかな暖かさを伝えていた。


街灯は揺れ、夜は続く。言葉にできない感覚だけが、二人を静かに包んでいた。

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