腕のない合体ロボットと100年前の約束
腕のない合体ロボットと100年前の約束①
その日のお客さんは、ここ最近よく店の前に立っていた。
入ってくるわけでもなく、看板を確かめるように一度だけ見上げて、それから少し店内を覗き込む。蒸気管の音に驚いたように肩をすくめて、結局そのまま立ち去る
――それを、あーしは何度か見ていた。
だけど今日は、違った。
扉のベルが鳴り、蒸気の匂いと一緒に、その人が店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃーせー」
久遠のだんなの声は、いつもと変わらない。静かで、体温が低いみたいな声。逆にあーしの声は店内の温度と照度が少しばかり上がったかなと思う元気な声っすね。
お客さんは三十代くらいだろうか。きちんとした服装にこの店に来るにはちょっと場違いなくらい決め込んだ化粧だが、どこか落ち着きがなく、視線が店内を行き来している。
何かを探しているというより、探す覚悟を決めてきた人の目ってやつっすねコレは。
このお店に来る人は大抵導かれたみたいにやってくる。かくいうあーしもその一人か。
しばらく黙って棚を眺めたあと、その女性は店の端へと歩いてきた。
そこには、あーしも存在自体忘れていた五体合体ロボの玩具が置いてある。相当古い品で五体の人型ロボットを合体させて大きなロボットになる1世紀以上前に男の子の間で流行ったらしいと久遠のだんなが語るだんなもお気に入りとの一品。
後ろに“
たまに叩きをかけてるけど、こんな物が男の子の心を鷲掴みにした時代があったという事実をあーしは想像もできないもんすね。
それにこの合体ロボット正確には、今現在四体合体ロボなのだ。
胴体、脚部、両腕のうち片方――もう片方の腕が欠けている。古いブリキと合金の質感が混ざった、少し重たそうな玩具。
今どきの精巧さはないけれど、妙に存在感だけはある。
「……これ」
女性のお客さんは、それを指さした。
そして当たり前の事を言う。
「腕、足りないんですね」
「ええ」
久遠のだんなは、ちらりとロボを見ただけで答えた。
「“蒸気戦隊コールファイブ“のオーバースチーム将軍です。完全品で揃えるのは難しいんですよ。なんせかなり昔に売られていたものですし、再販もされていません。人気も、当時時点で子供達の中ではロボットブームが過ぎ去っていた事もあって販売数も少ないんです。私は好きだったんですけどね。最終回でこのロボットは大破してしまい……丁度このロボットのように……いえ、すみません」
淡々とした説明。
だけど、自分の店の商品が死ぬほど好きすぎて話し込んでしまう。顔はいいのにここだけは久遠のだんなのお茶目で残念な一面だな。
久遠のだんなの謎の知識話は商品を売る気も、煽る気もない。
普通なら……面白半分でやってきたお客さんはここで諦める。
けれど今日のお客さんは、バッグに手を伸ばした。
革のバッグから取り出したのは、ハンカチだった。何度も洗われたような、柔らかい布。その中身を包む手つきが、妙に丁寧だった。
ハンカチが開かれる。
中から現れたのは――金属製の小さな腕。
さっきのロボと、寸分違わぬ色と形。
店内の蒸気時計の音が、一瞬だけ遠のいた気がした。
「……これが、合うはずなんです」
「そんな……まさか……」
「マジで!」
あーしと久遠のだんなの驚きに反してお客さんの声は少し震えていた。
「祖父が、大事にしていました。友人からもらった物だって言っていました。でも……」
言葉が途切れる。
その表情は、どこか痛みを抱えている顔だった。
「祖父、いつもこの玩具を見る時は少し悲しそうで。だから……もしかしたら、その友人から盗んだんじゃないかって、その事で祖父が悩んでたんじゃないかって、私が幼い頃。祖父の生前から思ってたんです」
あーしの胸が、少しだけ重くなる。確かにそれは嫌だろうし、とはいえそれが真実だったとしてももう時効だろう。
このお客さんはそんなおじいさんのガキの頃のやらかしに心を痛めてるのか?
「偶然、この店であのロボットを見かけて……運命だと思ったんです。もし、持ち主の方と……その友人と、連絡が取れたらって、祖父に代わってこれをお返しできればなって、私……寡黙で厳しい祖父の事が苦手で……あまり好きじゃなかったんです。でも、祖父が亡くなった後、私の学費や……結婚した時の費用を残してくれていて……自分が好かれていない事を知っていてそれでも私の為に色々……だから、これは私の罪滅ぼしなんです」
なるほど、人間ってのはままならないものってやつっすか。
お客さんは言い切れないまま、視線がロボと腕に行き来する。
久遠のだんなは、しばらく何も言わなかった。
「店主さん、これ合わせてみてくれませんか?」
「かしこまりました。失礼します」
女性から受け取った腕のパーツを手に取るだんな。重さを確かめるように、ゆっくりと。まるで、昔から知っている物に触れるみたいに。
店内にあるあーしが忘れていたロボットの腕に取り付けると、磁石がカシャンと二つを繋げ合わせて完成品となった。
「お祖父様が悲しんでいるのは盗んだからとは決まっていません。悲しみにも色々あります。後悔、その後悔にもまた色々あります」
まじまじと、オーバースチーム将軍……凄いダサい名前のロボットを見て久遠のだんなはうっとりするとようやく、そう言った。
「……え?」
「譲られたものでも、後悔は残る。お客様のお祖父様は他の事で何か心に思う事がおありなのかもしれませんよ」
久遠のだんなは、ぴたりと合っていたロボの腕を外し、丁寧に指紋や汚れを拭き取ると、お客さんにオーバスチーム将軍の腕を返した。
その光景を見て、女性は息を詰めた。そんな女性に久遠のだんなは語る。
「連絡が取れるかどうかは分かりません。この商品を買い取らせていただいたのは随分前です。ですが、この商品はお客様、貴女を」
久遠のだんなは静かに続ける。
「ずっと待っていたようだ」
あーしは、なぜかその言葉が、ロボットだけの話じゃない気がして。
無意識に、自分の腕の刻印を服の下で押さえた。
そんでもってこりゃ忙しくなりそうだなとあーしはこの時覚悟した。
念の為の準備としてあーしは澪さんに尋ねる。
「あの、澪さん。おじいさんのお名前は?」
「えっ? 陽一ですが、陽のように、漢数字の一です」
「どうもっす」
こうして100年前の男児向けロボット玩具をめぐる依頼が始まった。
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