美人な師匠の愛が重い

乙黒

第零話 プロローグ

冒険者とは夢のある職業だ。

 環境が異なる幾つもの迷宮に、愛用の武器を持って潜る。

理性すら感じない凶悪なモンスターを信頼できる冒険者の仲間と共に狩って、“カルヴァオン”を得る。

 カルヴァオンは現代においては薪や石炭に代わる必要不可欠な燃料なので、貴族や商人も高く取り扱ってくれる。大金持ちになる冒険者だって多い。一攫千金を夢見て冒険者になる者は後を絶えない。


 時にそんな優れた冒険者たちは英雄と呼ばれ、人々から讃えられる。


 そんな彼らの物語も手に持つ一本の剣から始まるのだ。

 どこかの冒険者養成施設に入り、冒険者としての基礎を教官から習って、強大なモンスターを倒すために超常的な力を手に入れる。

全ての冒険者のスタート地点である。


 迷宮でモンスターに襲われている美少女と出会うことだってあるだろう。優れたアビリティでモンスターを倒し、そんな彼女たちの命を助けるのだ。そんな出会いから始まる英雄譚も多い。

 また誰も知らない迷宮の奥を開拓し、歴史に名が残る者も英雄達にはいる。

 優れた冒険の功績から名誉貴族になる者も数多くいるのだ。

 だから多くの人たちは冒険者に憧れる。

 英雄になりたいと思うのだ。


 そんな欲望は誰にだってあると思う。

 僕にだってある。

 全てが欲しい。

 人が、人として望む全てのものが、迷宮にはあるのだ。難病を治す薬も、両手では抱えきれないような財宝も、見た事もない秘宝さえ迷宮にはあると言う。

 それを求める僕を誰が間違っていると言うだろうか。


 否、そんな考えは当然のように甘かった。

 誰もが英雄になれるわけではない。

 簡単に英雄になれるなどあり得ない。

 大半の冒険者は迷宮に潜る労働者として、日銭を稼ぐ存在となるのだ。決して英雄とは呼ばれず、信頼できる仲間と共に黙々と仕事としてカルヴァオンを取るのである。町の人からは炭鉱夫と揶揄されることもある。


 僕だってそうなるかも知れない冒険者だ。

 だけど、英雄の卵でもある冒険者だ。

 だけど今は炭鉱夫以下の存在の冒険者なのかも知れない僕は、英雄という道を夢見てこれまでも、そしてこれからも頑張っているのだ。

僕は厳しい訓練を経て――冒険者になったのだから。


だから僕はダンジョンに潜っている。

 空のように青い天井と太陽にように力強く照らすダンジョンの中で、モンスターと戦っていた。否、逃げていた。


 ――ぶももおおおおおお!!


 オーガの唸り声が、僕の耳をくすぐる。

 オーガとは人によく似た化け物だ。

 人よりも大きな図体を持ち、凶悪な顔には角が生えている。大きな拳を振るって冒険者を襲うのだ。


 その全ての攻撃が、僕には恐ろしい。


「『|空の剣(アーカーシャ・カタール)』!」


 僕は叫んだ。

 この技は、僕のアビリティである。

 アビリティとは、僕が目覚めた僕だけのモンスターと戦う力だ。


 それは人によって様々な力を発するけど、僕の場合は剣に光の粒子を纏わせて、手が離れても操れるようにするのである。要するに遠くの敵も斬れるという事。

 僕は遠くにいるオーガを、全力で斬ろうとする。

 とはいえ、僕の剣は蚊が止まるかと思えるほど遅かった。

 つまり、こんな役に立たない力では、オーガに致命傷一つ与える事が出来なかった。


 ――ぶももおおおおおお!!


「あ、やばい。怒らせた」


 僕は役に立たない剣を飛ばしながら、オーガの行く手の邪魔をする。

 だけど、僕の剣を手で大きく払って、僕へと突進してきた。

 それからの僕はオーガが拳を振るうたびに、僕は命からがら転がりながら避ける。


 どうしてこうなった?


 地面から伝わるオーガの拳の衝動が、僕に死が近づいていることを現している。もしオーガの拳が僕の頭に当たれば、まるでかぼちゃのように簡単に割れるだろう。


 僕は命からがらオーガから逃げながら、こうなることが決まった日、全ては僕の――弱いアビリティが目覚めた日の事を思い出す。

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