女装暗殺者サナの血塗られた受難、あるいは神に愛されし呪村
RYO
序章 殺し屋来りて鈴が鳴る
1
三上サナがふと気づいた時、その足元には無数の死体が転がっていた。
物理的に。
街灯の微かな光とそれをかき消すほど圧倒的な星明りの下、まるで子どもが遊び飽きた玩具の人形のように死体が散らばっている。
鎌を握りしめたまま首を切られて死んでいる男は、サナを家まで招いてくれた。
杖のようにした刀では体を支えきれず腹部から大量の出血しながら突っ伏すように死んでいる男は、サナと一緒に夕食を楽しんでいた。
そんな風に、出会ったばかりだがサナが知っている顔も、知らない顔も、みな平等に死んでいる。
死体の山を作り上げたのはまぎれもなく──サナ自身だ。
サナは間違いなく、自らの意思でその男たちを殺してきた。
サナが分からないのは、なぜ男たちを殺さなければならなかったか……だ。
数秒にも満たない思考の後、サナは意識を現実に向ける。
遠巻きに囲んでいるのは、武器を持った男たち。
鎌やナタ、こん棒から刀まで思い思いの武器を手に携えている。
そんな、武器も顔も服装も違う男たちがみな、ただ一人に殺意を向けている。
彼らの標的は明らかにサナであり、そのことはサナ自身も理解している。
もちろんサナは、むざむざ殺されるような自殺願望の持ち主ではない。
だが、やはりサナには──なぜ殺されなければならないかが分からない。
思考の時間は終わった。
機を見計らっていた男たちが示し合わせて一斉に動き出す──その直前に機先を制してサナが飛び出した。
殺戮の夜は、まだ終わらない。
◆◆◆
むかしむかしあるところに、小さな村がありました。
大人も子ども老人も、みんな仲良く暮らしていて、毎日ご飯をたくさん食べて過ごしていました。
ですがいつ頃からでしょうか。
村人たちは、だんだんと元気をなくしていきました。
家から田んぼや畑まで歩くだけでもう疲れてしまいます。
それでも何とか作業を終えて帰ってきたら、今度はお腹が空いているのにご飯を食べられません。
そうしてだんだんみな床に臥せって、起き上がることもできなくなってしまいました。
たった一人だけのお医者様もどうすることもできず、村人たちと同じようになってしまいます。
その村は、まるで死んでいくように静かになっていきました。
そんなある日。
着物を着た小さな女の子が、すっかり人けのなくなった村のなかをさ迷い歩いていました。
彼女のお父さんとお母さんも他の村人たちと同じように臥せっていて、幼い身で看病や家事をしていましたが、それでも好転しない状況に急き立てられて彼女は家を飛び出していました。
ですが──もちろん──そんなことをしても、何も変わりません。
彼女の歩幅はだんだんと小さくなり、顔はうつむきがちになり、そしてとうとう、地面を見つめて立ち止まってしまいました。
村を覆い、少女を襲っているのはまさに──絶望。
しかし──
「……?」
少女は──何かが聴こえたような気がして、顔を上げた。
小さくか細いが、確かに凜と響くそれは……鈴の音。
まるで誘われるように、少女はその音へと向けて歩き出しました。
一定の感覚で響き続ける鈴の音は、少女の歩みとともにだんだんと大きく聞こえてきます。
そうして彼女はとうとう──出会いました。
村の外へと続く道。
そこに立っているのは、どことなく不思議で、ボロボロな格好をした人。
しばしの間、二人は何も言わずに見つめ合っていました。
そして少女が遠慮がちに、舌ったらずな声で尋ねます。
「あなたはだぁれ?」
問われたその人は答えました。
「神様」
神様のおかげで村は元気になりました。
お腹いっぱいご飯を食べて、元気に農作業をして、ぐっすり眠った後はすっきり起きられるようになりました。
村には笑顔があふれ、お米はいつも豊作です。
こうして村の人たちはいつまでも幸せに暮らしました。
いつまでも──いつまでも──
◆◆◆
ガツンッ──と額がテーブルを叩く鈍い音が響いた。
広々とした和室、畳にあぐらをかいて日本酒を飲んでいた若い男性がコップを取り落とし、突っ伏すように意識を失ったのだ。
同じテーブルについて酒を飲みながら談笑していた男たちと、彼らに酒を注いで回っていた女たちが、一瞬動きを止めて静まり返る。
そして──いつものように破顔した。
一人の男が、口を開く。
「みこさまのために」
その言葉が合図だったのか、予め決められていたかのように彼らは自然な役割分担で動き出す。
「みこさまのために」
男たちは口々にそう呟きながら集まると慣れた様子で、乱暴とまではいかないが無造作に男を担ぎ上げると、女たちが開け放した縁側のガラス戸から星明りに照らされる庭へと神輿か何かのように運び出していく。
「みこさまのために」
同じように呟く女たちは、取り落とされたコップや零れた酒、まだ大量に残っている料理などの後始末を始める。
「みこさまのために」
「みこさまのために」
皆がみな同じ言葉を同じ調子で呟きながら、まるでそうプログラミングされているかのように統制された動きで物事を進めていく。顔も体格も服もそれぞれ違うのに、彼らはどこまでも──似ていた。
彼らに比べればまだ、服も着せていないマネキンたちの方が個性的だろう。
そんな彼らを見守るように……いつの間にか、二人の男女が立っていた。
「みこさまのために」
「みこさまのために」
揃って古めかしい袴に身を包み、夫婦と思しき距離感で寄り添い立つ二人もまた、他の者たちと似通った笑顔で同じ言葉を呟く。
あまりにも異常。
だがそれを咎めるような者はこの場には──この村には、いない。
それは、どこまでも決められたルーティーン。
異常、しかして日常。
だが──
凜とした、鈴の音。
それは異常な日常に訪れた、予定外を報せる調べ。
意識を失った若者を神輿のように運んでいる男たちが、家で雑事を行っている女たちが、そして全てを見守る袴姿の男女も、この場にはいない他の村人たちもみなが──空を見上げる。
機械を通さない涼やかで自然な鈴の音が、村中に響き渡るという不自然。
そして──それだけで、彼らは全てを理解した。
それは異常に慣れた村に訪れた、とびっきりの異常事態。
だが、彼らは慌てたりはしない。
それは異常事態とはいっても未体験のものではなかったからだ。
そうしてまた決められていたかのように何人かが現在の作業から離れ、それぞれの持ち場へと向かっていく。
そこには苛立ちも、焦りも、哀しみも、喜びさえも存在しない。
彼らは──これが村の終わりを告げる報せになるとは思っていなかった。
遠くからエンジン音が近づいてくる。
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