スターゲイズ・アンダーテール
滝たぬき
2. プロローグ②
参考書を鞄に入れ、帰ってきたばかりの家を後にする。
鼻歌混じりに歩く道は、普段と違って天の川のように輝いて見えた。
「いやいや。勉強しに行くんだぞ。何浮かれてるんだ。しっかりしろ、おれ」
不意に我に帰った。というのも、高揚していて気にならなかったのだが、道行く人たちから冷ややかな目線が向けられていた。
側から見ればかなりの浮かれ様だったらしい。
気分が落ち着いてくると周囲に気を配れるようになるもので、今は羞恥心が心の七割を占めていた。ちなみに残りの三割は未だにドキドキとワクワクが占めている。
「にしてもなんだか人が多いような。……あれは、警察?」
内省を繰り返していると、向かう先に人だかりが出来ていることに気付いた。
さらに前方に注意を向ければ、多数の警官と赤い三角コーナーが道路を封鎖していた。
何事かと思い、反射的に人だかりの方へと向かう。
人だかりの向こうには、何人もの警官が慌ただしく動き回っていた。
規制線で道路が封鎖されており、只事ではない雰囲気だ。
「この先で火災が発生中です。危険ですので別の道をご利用ください」
拡声器越しに警官の声が響く。封鎖された先では、住宅から灰色の煙が空高く立ち昇っていた。この辺りにできた人だかりは、火災の様子を見にきた野次馬だったようだ。
「また火災か。今月で何軒目だよ」
近頃、蒼真の住む
連続する火災の原因はいずれも不明。
そのことがかえって話題を呼び、根も葉もない噂がネット上に溢れた。
挙げ句の果てには、国家を転覆するために暗躍している組織の仕業などという陰謀論が囁かれているほどだ。ちなみに、蒼真はそんな陰謀論に露ほども興味が湧かない。
「仕方ない。回り道して行くか」
来た道を引き換えそうとしたところで、奇妙な光景を見た。
一人の女が封鎖している方向に向かって歩いていた。
女はそのまま警官の真横を通り過ぎて行く。
警官たちは誰一人として、女を静止しようとしなかった。気付かないはずのない距離だ。
その様子はまるで誰もその女のことが見えていないようで。
気味が悪い、と思った次の瞬間、女は視界から消えていた。
「今、確かに誰かいたよな……」
目を擦ってみるが、女が見えた場所には誰もいない。
「試験勉強で疲れてんのかな」
試験勉強は精神的にも疲れる。知らず知らずのうちに負荷がかかっていたのかもしれない。
「後少しの辛抱だし、これを乗り越えたら星わたの新刊が俺を待っている!」
自らを鼓舞し、封鎖されていない道を探しに向かう。
踵を返した蒼真の後方では、火災による黒煙が立ちのぼっていた。
*
「誰にも見えてない女が見えた、ねえ……」
大貴の家に着いてから、勉強会が始まり三時間ほど経過した頃。
お互い疲れて集中力が落ちてきたので、蒼真は来る途中に見た不可思議な光景について彼に話した。それを聞いた大貴の反応は呆れた様子で、
「興味なさそうな顔して、本当は女に興味津々なんだな」
「妄想じゃない。本当に見たんだって」
「へー。蒼真って、オカルトの類いは信じないと思ってたわ」
「普段ならそうさ。ただ、あの時は妙に現実感があったんだよ」
すぐに消えてしまったものの、あの時見えた人影は確かな存在感を有していた。
……他に見えている人はいないようだったが。
「すぐそこで火事が起きてたんだろ?そこで焼け死んだ人の幽霊……かもな」
「一人身元不明の焼死体が発見されたらしい。ネットニュースに出てた」
「やめろよ!怖いこと言うな!」
「自分で言ったんだろ……」
「あーあ。蒼真が変なこと言うせいで集中力なくなったわー。テレビでも見よ」
大貴は開いていた参考書を無造作に放り投げると、テレビをつけ目ぼしい番組を探し始めた。勉強会を開始してから三時間ほどが経ち、頭の回転も鈍くなってきたところだ。
「ニュースで火災のことやってるかな」
「幽霊映り込んでたらどうするんだよ⁉︎」
本気で怯えている大貴からチャンネルを奪い取り、チャンネルをニュース番組に切り替える。しかし、映し出されたのは火災現場の映像ではなく、とある『大穴』の映像だった。
『アメリカテキサス州にある巨大な縦穴、通称デビルズ・ホールの調査隊に地下探検家の土方宗二氏が日本人として初めて抜擢されました。土方氏は記者からのインタビューに————』
底の見えない大穴——、デビルズ・ホールと呼ばれたそれは地上をくり抜いたように広がっていて、奥深くは全てを飲み込んでしまいそうな暗闇に覆われていた。
「デビルズ・ホールって……悪魔でも住んでるのか」
「デビルズ・ホールを知らねえの⁉︎」
大げさな程驚く大貴に頷くと、大貴は少し興奮した様子でデビルズ・ホールについて話し始めた。
「大穴がいつから存在しているのか不明。大きさも深さも現在確認されている世界中の大穴の中で最大。深さに関しては現在の技術では確認できないほど深いんだぞ。名前は悪魔がその穴から飛び立つのを見たことに由来するんだが、今はコウモリと勘違いした説が有力視されていて——」
「なんでそんなこと知ってんの?」
「ツチノコが確認されたとか、まだ未確認の地下深くには地下文明を築いた地底人が存在しているとか、秘密結社が内密に大穴を調査しているとか都市伝説がかなり囁かれてるんだぜ。そういう都市伝説系の動画漁ってたら詳しくなった」
「それで試験期間中に動画見まくって気が付いたら一日終わってたってわけね」
図星だったのか、大貴は顔を逸らして天井を見上げる。
「都市伝説って、ロマンあるよな」
「まあ、そういうのって大概妄想だけどね」
「蒼真は分かってないなあ。真実か嘘かなんてどっちでもいいのさ。そうだったらいいな、と胸を躍らせている時がいいんだろうが」
「それで後々、勉強してないから教えて、と泣きつかれる身にもなれ。ほら、ここ分かるか?」
大貴の前にある参考書を開き、理解していないであろう箇所を指差す。
試験範囲はまだまだカバーできていない。休憩している暇はないのだ。
時折唸り声をあげる大貴に勉強を教えながら、時間は緩やかに過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます