日常短編

茄子と塩

飲みがやめられない、理由(ワケ)。

店の前で時計を見る。

約束の時間まで、十五分。


スマホが震える。


『わりぃ、ちょっと遅れる。先やってて』


画面を彷徨い、指が止まる。

何も打たず、画面を消す。


息を一つ漏らし、戸を開ける。

暖かい光。「いらっしゃい」。


目で合図され、空いた席へ。

腰を下ろし、コートを籠に放る。

鞄だけは、癖で丁寧に置く。


左手でメニューを取り、壁を見る。


おしぼりと、お通し。


『お飲み物お決まりでしたら』


反射的に。


『生、一つお願いします』


営業用の笑顔。サーバーの音。

最初の一杯が届く。この店らしい速さ。


『ご注文お決まりでしたら』


『串盛りと枝豆、お願いします』


『かしこまりました』


厨房に向かう声は、何度聞いても聞き取れない。


四十八分。


通知は、ない。


お通しをつつきながら、ジョッキを少しずつ減らす。

酔いすぎないように、時間を飲む。


『おまたせしましたー』


料理が顔を揃える。

会釈で返し、枝豆をつまむ。


店内は賑やかだ。

混雑の熱が、もう一杯を勧めてくる。

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