鈴白 制作風景
綴葉紀 琉奈
第1話
図書館に着くたびに、私は同じ席を選んでしまう。
窓際の、午後になると光がちょうどきれいに差し込む席。
どうしてなのかは自分でもよく分からない。
けれど、そこに座ると不思議な安心感がある。
机の角には、いつもの“二つの鈴”をそっと置く。
古くて、ちょっと壊れていて、音だってほとんど鳴らないのに――
なぜか、ここに置かないと落ち着かない。
今日は課題ではなく、創作のために来た。
毎回同じことを思う。
(書くつもりなんてなかったのに、気がつくと物語が出てくる)
人物も、風景も、声すら聴こえるような気がする。
その情景をただ、なぞるようにペンが動く。
ふいに、視界の端で影が揺れた。
ああ、また来た。
銀髪をゆるく束ねた青年――白夜さん。
この図書館でよく見かける、不思議な雰囲気をした人。
彼をみていると、どこかで会ったことがあるような、ずっと待っていたような、
不思議な気分になる。
「今日も書いてるんですね、琉奈さん」
「はい。……でも、まだまとまらなくて」
彼は私のノートをのぞきこみ、ふっと目を細める。
「つばき……ですか?」
その名前を見るたび、胸がちょっと痛くなる。
誰なんだろう、この名前。
私が架空で作ったキャラクターのはずなのに――
ときどき、彼女の涙の理由を知っているような気がする。
私は笑って、ごまかした。
「最近、ずっと同じ子のお話を書いてしまって」
「いいじゃないですか。
“書かされる物語”というのも、世の中にはありますから」
白夜さんのその言葉を、私は何度も理解しようとしている。
書かされる物語。
私の場合、それは
“知らない思い出を追いかける作業”に近い。
白夜さんはいつも優しい目で私を見つめる。
その視線に、私はときどき不安になる。
(どうしてそんなふうに見つめるんだろう)
まるで私よりも、私の書く物語のほうを
ずっと前から知っているような表情で。
「ねえ、白夜さんは……」
気づくと、私は聞いていた。
「……私の物語、どう思いますか?」
白夜さんは少しだけ驚いた顔をして、
それから静かに笑った。
「美しいと思いますよ。
琉奈さんが書く世界は、懐かしくて、優しい」
“懐かしい”。
その言葉が胸に引っかかった。
知らないはずなのに、知らない世界のはずなのに。
なぜか私まで懐かしい気持ちになった。
気づくと二つの鈴が、ほんのわずかに揺れていた。
本当は鳴るはずのない鈴なのに――
かすかに、「りん……」と聞こえた気がした。
白夜さんは何か言いたそうに口を開きかけて、
けれど結局、言葉を飲み込んでしまう。
その表情はどこか切なくて、
私は胸の奥が温かいような痛いような気持ちになる。
「琉奈さん」
「はい?」
白夜さんは一瞬迷ってから、ゆっくり続けた。
「……その物語、きっと最後まで書けますよ。
あなたなら。」
窓の外で風が吹く。
鈴がまた、小さく揺れる。
今日もまた、私は知らないはずの物語を綴る。
白夜さんは隣で静かにページをめくる。
この日常が、ずっと続けばいい。
そう思った。
理由は分からないけれど。
ただ――
その願いだけは、確かに胸の奥に響いていた。
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