第二公共職業安定所 貴方にお仕事紹介します
味噌煮込みポン酢
河童
その日も、海水浴場は混んでいた。
俺はライフセイバーとして監視台の上に座り、海を眺めていた。
昔は人間を溺れさせていた俺が、溺れた人を助ける仕事をしているんだから、皮肉なもんだ。
夏休みの真昼間。
砂浜にはパラソルが並び、沖まで人影が浮いている。
俺は双眼鏡を目に当て、いつものように海面をなぞっていた。
そのとき。
沖の方で、一人だけ妙な動きをしている人影が目に入った。
浮き輪に捕まったまま腕を振り回し、必死で水をかいてはいるが、どんどん沖へ流されていく。
泡と砂が、一本の帯になって沖へ流れている。
(離岸流か)
普通の人間には分かりにくい流れだが、俺の目にははっきり見える。
俺は迷わず監視台から海へ飛び込んだ。
数秒で女に追いつく。
「いやぁぁぁ!誰か助けてぇぇ!!」
腕を振り回し、水をかきながら必死にもがいている。
こういうときに近づくと、本能でしがみつかれる。
正面から捕まれば、普通は二人で沈む。
俺は少し距離を取って考えた。
……まあ、俺なら平気なんだが、それで騒がれると後で面倒なことになる。
(よし)
昔取った杵柄で海中に潜ると、女の背後に回り込む。
次の瞬間、そのまま水中へ潜った。
離岸流は表面の流れだ。
女の腕を引いたまま二十秒、離岸流を外れて浮上した。
「大丈夫ですか?」
返事がない。
女の体がぐったりしていた。
(やば)
俺は慌てて女を抱え、全力で岸へ向かった。
「誰か! 救急車!」
周囲がざわつく。
そのとき。
「おい……今の見たか?」
「動画撮った」
振り向くと、砂浜でスマホを構えている奴がいた。
その日の夜には、
『ライフセイバーが女性を海に引きずり込む動画』
として切り抜かれ、SNSに上げられて大炎上していた。
バイト仲間は気にすることない、お前は間違ってないと言ってくれたが、
俺は、その職場を辞めた。
皆いい人だったから、迷惑をかけたくなかった。
*
とはいえ、生活はしないといけない。
河童だからって、きゅうりで家賃が払えるわけでもない。
次に就いたのはスイミングスクールのインストラクターだった。
最初はうまくいっていた。
むしろ、人間に教えるには簡単すぎるくらいだった。
「先生すごーい!」
「早い!」
子どもたちの反応も悪くない。
この仕事、案外向いてるのかもしれない。
そう思いだしたころ。
*
スクール終了後。
俺は許可を取って一人でプールにいた。
やっぱり陸の上より水の中のほうが調子がいいからな。
潜ったまま壁を蹴る。
水の感触が気持ちいい。
二往復。
三往復。
……あ、誰かいる。
プールサイドに、生徒の一人が立っていた。
中学生くらいの男の子だ。
レッスン態度も真面目で、うちのスクールでもトップクラス。
今度の全国大会でも優勝候補だ。
「先生?」
「あれ? どうした?」
その子はしばらく黙って俺を見ていた。
「練習?」
「まあ、そんな感じ」
壁を蹴る。
水を切る。
ターン。
水から顔を上げると、男の子がぽつりと言った。
「先生」
「はい?」
「先生に勝てる気がしません」
その子は、それ以来スクールに来なくなった。
俺は、その職場も辞めた。
*
失業して三日目。
俺は、第2コンニチワークの窓口に座っていた。
仲間から、俺らみたいなの専門の職業安定所があるとは聞いてたけど、
利用するのは初めてだ。
ジジジと音が聞こえるような白い蛍光灯、
カツカツと音の鳴るリノリウムの床、
白く無機質なカウンター。
……うん。
見た目だけは、どこからどう見ても役所である。
三つある窓口のうち、二つはすでに誰かが相談中だった。
俺は手持ち無沙汰になり、きょろきょろと周囲を見渡す。
「お待たせしました」
顔を上げると、七三分けに眼鏡。
テンプレートみたいな公務員スタイルの男性が、淡々と向かいに座った。
「よろしくお願いいたします」
「就職希望、ということでよろしいですよね」
「はい。生活に困らない程度の給料でいいんですが」
男は俺の履歴書に目を落とし、しばらく黙り込んだあと、小さくうなずいた。
「コーチ……ライフセイバー……インストラクター……
水系のお仕事が多いですね」
「ええ、河童ですから」
言った瞬間、空気が一拍止まった。
男は一瞬だけ俺を見て、すぐに視線を履歴書に戻した。
……スルーされた。
「
「ありがとうございます」
今の反応――変化できなくても受け付けてくれるのか?
「では、過去職の離職理由など、聞かせていただいてもよろしいですか?」
「ええとですね……水感の違い、といいますか」
「水感……ですか?」
男はメモを取りながらこちらを見る。
「ほら、我々だと、水中だからって特に何も意識しないじゃないですか」
「まあ、そうでしょうね」
「それが人間には合わないようで」
男がペンを止めた。
「具体的には?」
「離岸流の救助で海中に潜ったら、
『沈められた』ってSNSで炎上しまして」
「ああ……」
「そのあとスイミングスクールに就職したんですが、
今度は泳ぎを見られて生徒が辞めちゃいまして」
「うわぁ……あたら若い才能が……」
ぽそりと小声の反応が耳に痛い。
「あと水中で見守っていたら
『先生が浮いてこない』って騒ぎになりまして」
「せめて呼吸の概念は忘れないようにしましょうね」
「はい……」
正論だった。
反論のしようがない。
「……お話を伺う限り、水に関する仕事は合っていないのではないでしょうか?」
「そんなことはないと思いますが。種族柄、水なんてあって当然ですし」
「そこです」
男は、きっぱりと言った。
「平気なのと、仕事にするのは違うんですよ」
――ぐうの音も出ない。
「水に関する仕事ですと、どれだけ気を付けても、素が出ているんです」
……ああ。
だから、失敗したのか。
「なにか、いい仕事はないでしょうか……」
男はしばらくパソコンを操作し、やがて言った。
「こだわりはありますか?
直に水に潜る仕事じゃないとダメとか、
どこかの祠や滝から離れられないとか」
「いえ、特にありません」
「では……こちらの漁業関係はいかがでしょう?」
「船、ですか?」
「オホーツク海の蟹漁や、マグロ漁などですね。
人手不足が深刻でして」
船? 俺が船に乗るの?
「……遠洋ですよね?
落船したら、どうすれば?」
「GPS機能付きの携帯は、海外でも使えるそうですよ」
場所と方角が分かれば後は泳げばいいか。
防水で……ソーラー充電できるのにしよう。
「言葉の問題は?」
「日本船ですから、大丈夫でしょう。
あ、パスポートはあります?」
「すみません、そもそも戸籍が……」
「……まあ、大丈夫でしょう」
何が大丈夫なんだろう……専門家が言うなら大丈夫か?
男はプリンターに向き直り、紹介状を打ち出した。
「こちらを持って訪問してください。
あとは現地で、労働条件などの最終確認を」
「服装などは?」
「常識的なもので大丈夫です」
スーツでいいのかな? 連絡したときに聞けばいいか。
「では、ご成功をお祈りしております」
にこやかに言われ、俺は礼をして席を立った。
*
半月後。
俺は船の上にいた。
紹介された漁船の社長兼船長と面接の際、なぜか話が合い、
その場で試験採用が決まった。
だが正社員登用は一回漁に出て様子を見てから、ということになった。
オホーツク海は寒い。
「どうだ、寒いだろ! 落ちたら助からないから気をつけろよ!」
船長の言葉にほかの作業員たちもうなづく。
「わかりました!」
蟹籠を引き上げ、空の籠を放り込む。
そのときだった。
巻き上げた蟹籠のロープが、足元で跳ねた。
気が付いたときには、俺の足首に絡みついていた。
次の瞬間。
体が海へ引きずり込まれた。
――ざばん。
「なんだ今の音?!」
「誰か落ちたか!? 全員いるか!?」
甲板が一気に騒がしくなる。
だが、俺にとってはただの水の中だ。
ロープをほどき、船底の影をくぐる。
……さて、どこから上がるか。
騒ぎの中心に戻るのも気まずい。
俺は船の反対側に回り込み、梯子からよじ登った。
甲板の上に顔を出す。
そのとき。
「……あれ?」
作業員の一人が俺を見た。
「おまえ、落ちたんじゃなかったのか!?」
「え?」
俺は自分の服を見る。
……びしょ濡れだ。
「いや、波で滑ってあっち側まで転がっただけですよ。落ちたら生きてませんって」
「いやまあそりゃそうだが…… 大丈夫か? 怪我してないか?」
「びしょ濡れじゃねえか。いったん休んで温まってこい。熱でも出されたらこっちが困る」
「ああ、はい」
俺が頭を掻きながら返事すると、船員たちは顔を見合わせた。
そして一人が言った。
「なんにしろ無事でよかったよ!」
別の男が笑った。
「おまえ、波被っても落ちなかったとか、この仕事向いてるんじゃないか?」
ベテランの船員がバンバンと叩いてくる。
「ありがとうございます、頑張ります!」
気を抜いてもばれない。
周りは全部、水。
……もしかして。
これ、天職なんじゃないか?
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