王子様になりたい私、勇者候補になりました!?
ユメミ
プロローグ これは、王子様が勇者になる物語
目覚めたとき、目の前にあったのは見慣れぬ天井だった。
――あ。いよいよ死んだんだ。
そう思ってしまっても無理はない。
孤児院育ちの自分が、天蓋付きのベッドで眠っていたのだから。
病院の無機質な天井とはまるで違う。
重厚な布に囲われた天蓋の内側には、星座を模した刺繍が施されていた。
それもただの装飾ではない。角度を変えるたび、星の瞬きが微かに変わる。色味すら移ろう。
中央には大きな月。
灰褐色の地肌に、時間帯ごとに変わる光の彩度。
――再現、してる……?
理科の授業で聞いた知識が、遅れて脳裏をよぎる。
大気による散乱、屈折。地平線では赤く、高度が上がれば青白く。
そのすべてを、この天井は再現していた。
精巧すぎて、神々しい。
おかしいと分かっているのに、りんは目を逸らせなかった。
天蓋は外光を完全に遮断し、内側には幾重ものレースが滝のように垂れている。
シーツはしっとりとした感触で、掛け布団は羽のように軽かった。
――これ、噂に聞いた羽布団……?
寝癖一つない自分に気づいて、りんは思わず苦笑した。
寝相が悪いと思っていたのは、ただ布団が重かっただけらしい。
部屋の壁には、深い緑の蔦模様。
本物と見紛うほど精巧で、触れれば微かな凹凸が指先に伝わる。
生命力に満ちたその模様が、どうしようもなく好きだと思った。
ここが天国なら、遠慮はいらない。
そう自分に言い聞かせ、りんはベッドを降りた。
――そのとき。
音も、気配もなく、そこに“人”がいた。
優雅に紅茶を傾け、穏やかな微笑みでこちらを見ている。
「気がついた?」
いつからいたのか分からない。
混乱するりんを見て、その人は嬉しそうに目を輝かせた。
「可哀想に。混乱するよね。でも――」
次の瞬間、頭をくしゃくしゃに撫でられた。
「それでも挨拶できるなんて、なんていい子なんだ!」
美しい顔立ちに似合わないテンションで矢継ぎ早に言葉を重ねる。
名を、リリス・ヴェルミナというらしい。
「痛いところは? あ、頭は取れてないね。よかったよかった」
頷くしかないりんの前に、執事服の人物がそっとカップを差し出した。
「どうぞ。りん様」
温かいココアが、じんわりと体に染み渡る。
「
「失念してましたね」
「下手だと爆散するからね!」
「しますね」
――今、さらっと怖いこと言った。
心臓が再び早鐘を打ち始めた、そのとき。
「今日からここが君のおうちだよ」
重厚な玄関扉が開く。
振り返った先にあったのは――
《城》だった。
疑問より先に、言葉がこぼれ落ちる。
「……お城?」
「違う違う。邸宅。家。君のおうち♥」
りんの喉が、かすかに鳴った。
おうち、と呼ぶには、あまりにも大きすぎる。
それでも。
「ようこそ。うちの子」
その言葉に、りんは小さく息を吸い込んだ。
これは。
孤児院の王子様と呼ばれた女の子が、
勇者になる物語である。
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