第5話第二部|異世界生成篇
 第四章 異世界という試み

世界は、完成をやめなかった。

第一生命が問うたからといって、
すぐさま秩序が崩れたわけではない。

光はなお、寸分たがわず軌道をなぞり、
闇は、定められた深さからはみ出すことなく沈み、
潮は決められた拍のまま
静かに満ちては引き続けた。

世界は、
自らが築き上げた「完成」を
即座に捨てるほど、
軽々しい存在ではなかった。

むしろ世界は、
あの完成を守り抜こうとしながら、
その内側で燃えずにいる火芽と、
理由なき問いを抱えた第一生命の存在を
どう扱うかに、長く沈黙していた。


やがて世界は、
ひとつのことだけを悟る。

――完成だけでは、足りない。

完成は確かに美しかった。
狂いはなく、ほころびもなく、
何ひとつ不足はなかった。

けれども、
「なぜ、我は在るのか」という
第一生命の問いに対しては、

どれほど完璧な秩序を積み上げても
なお、答えを出せないままでいる、
その事実だけは
否定しようがなかった。

世界は知った。

完成は、
構造としては満ちている。

だが、
その完成のただ中で目覚めた生命が
自らを引き受けるための
「物語」と「揺らぎ」が、
まったく足りていないのだ、と。


とはいえ、
世界は自分自身を
いきなり壊すこともできなかった。

せっかく築いた完全さを
一挙に崩すことは、
世界にとっても
あまりに大きな賭けだった。

そこで世界は、
別の道を選ぶ。

自らの内部を傷つけるかわりに、
自らの外側に
「余白」をつくることを決めた。

世界の輪郭の、そのさらに外側。
何も書かれていないはずの余白に、

世界はそっと
かぎ括弧を描き出す。

( )

その括弧の内側に広がる領域を、
のちに「異世界」と呼ぶ。


異世界は、
この世界の「外部」でありながら、
まったく無関係な別物ではない。

そこは、世界が
自らの矛盾と問いを
安全に試すために用意した、
試行のための界(フィールド)であった。

ここでは、
法則は固定されない。

変えてよい重力。
揺らいでよい時間。
やり直してよい歴史。

世界は、
自分の根幹を崩さずにすむよう、

「もし、完成をほどいてみたら」
「もし、矛盾をあえて残してみたら」

という無数の「もし」を、
この異世界の数だけ
書き出してゆくことにしたのである。


こうして、
異世界はひとつでは終わらなかった。

完成した世界の手元には、
答えを持たない問いが
まだ山ほど残っていたからである。

「生命は、いくつの声を持ちうるのか」
「痛みを引き受けても、なお続きたい生はあるのか」
「矛盾を抱えたまま、壊れずに在り続ける器はありうるのか」

それらを、
自らの本体の中で
試すことを恐れた世界は、

代わりに外側に、
幾重もの異世界を縫い足していった。

それぞれの異世界は、
ひとつの「もし」であり、
ひとつの「実験」であり、

そして、
ひとつの「物語の試し縫い」であった。

世界は、
完成の座から立ち去ったわけではない。

しかし、
完成の外側に
無数の「未完」を吊り下げておく、
という在り方に、
静かに執着し始めた。


このときすでに、
世界の根には
新しい性質が芽生えていた。

それは、
ただ静止していることを良しとしない、

「試してみずにはいられない」
という、
未完への執着である。

完成を誇るのではなく、
完成を疑い続けるために
外側へ外側へと
異世界を生成し続ける衝動。

この衝動こそが、
のちに無数の宇宙や界を生み出し、
生命の声を増やし続けてゆく
深い根のひとつとなる。

その始まりが、
まさにここに記された
「異世界という試み」であった。


◆この章の鍵となる語

• 「異世界」

• 「試行」

• 「未完への執着」

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