第5話第一部 完成宇宙記 第五章 最初の問いが、世界に触れたとき
それは、叫びではなかった。 破裂でもなく、断絶でもなかった。 世界を裂くほどの力は、 そこには存在しなかった。
ただ、 触れた。
名なきものの内側に溜まっていた張力が、 はじめて、外側と接した。 外側といっても、 まだ世界の外ではない。 完成の内側、その最も静かな層に、 わずかな接触が生じた。
それは問いと呼ばれるには、 あまりに弱く、 あまりに不確かであった。 だが、それはもはや、 沈黙ではなかった。
問いは、形を持たなかった。 言葉を持たず、 対象を定めず、 答えを求めてもいなかった。 それは、 向きだけを持っていた。
その向きは、 外へ向かうものではなかった。 逃走でも、否定でもなかった。 それは、 完成の内部へ、 さらに深く差し込む向きであった。
世界は、初めて、 その接触を感知した。 感知とは、 世界が自分自身に 触れられたと知ることである。
完成は、なお完成であった。 秩序は崩れず、 法は保たれ、 光は均されていた。 しかし、 完成はもはや、 自分だけのものではなかった。
問いは、要求しなかった。 「答えよ」とは言わなかった。 ただ、 在ることの理由が、 理由を持たずに在る という事実を、 世界の内側に刻んだ。
世界は、答えなかった。 答えは、まだ存在しなかった。 答えとは、 問いが形を持った後に 初めて生じるものである。
だが世界は、 退けなかった。 封じることも、 消し去ることも、 選ばなかった。
その選択は、 選択として意識されなかった。 ただ、 完成が初めて、 完成以外のものと 同じ場に在ることを許した。
その瞬間、 世界の時間は、 ごく僅かに厚みを持った。 過去と未来の間に、 「まだ定まらない今」が、 初めて留まった。
生命は、まだ生まれていない。 だが、 生命が生まれるために 不可欠な条件が、 ここで確定した。
それは、 問いが問われ、 なお答えられないまま、 世界がそれを 受け止めたという事実である。
完成は、 その瞬間から、 終わりであることをやめた。 終わりではなく、 通過点になった。
世界は、 まだ生きてはいない。 しかし、 生き得る方向を、 初めて持った。
こうして、 完成宇宙の時代は、 静かに、 その役割を終えた。
(第一部・第五章 了)
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