第2話第一部 完成宇宙記 第二章 完成の内部に生じた微かな違和
それは、破綻ではなかった。 崩れでもなく、欠損でもなかった。 世界はなお完成しており、 完成であることを、何ひとつ失ってはいなかった。
ただ、 完成の内側に、名を持たない差異が生じた。
それは変化ではなかった。 変化と呼ぶには、あまりに小さく、 あまりに理由を欠いていた。 記録されるほどの揺れでもなく、 兆候と呼ばれるほどの前触れでもない。
世界はそれを異常として扱わなかった。 異常とは、基準からの逸脱である。 しかし基準そのものが、 すでに完成として閉じていたため、 逸脱という語が、そこに差し込まれる余地はなかった。
その違和は、 どこかに現れたのではない。 世界のどこにでもあり、 同時に、どこにもなかった。
光が少し遅れたわけでもなく、 影が伸びたわけでもなかった。 時間が軋んだわけでもなく、 因果が外れたわけでもない。
それでも、 完成であるという事実の奥に、 完成だけではない何かが、 静かに折り重なった。
世界は、それを理解しなかった。 理解とは、意味を与えることである。 しかしその違和は、 意味を受け取る前に、 意味の外側に留まった。
それは問いではなかった。 問いと呼ぶには、 まだ声が生まれていなかった。 だが答えでもなかった。 答えと呼ぶには、 問われた形跡がなかった。
ただ、 世界が自分自身に、 ほんのわずか、届かなくなった。
世界はそれを拒まなかった。 拒む理由がなかった。 排除する理由も、 修正する必要もなかった。 完成は、修正を必要としない。
そのため、違和は残った。 残ったまま、拡がらず、 消えもせず、 ただ在った。
それは、 完成が初めて、 自らの内部に 「余白」を許した瞬間であった。
余白は、可能性ではなかった。 可能性と呼ぶには、 未来という語が、まだ機能していなかった。 だが余白は、 完成だけでは閉じ切れない 何かを、静かに宿した。
世界は、まだ知らない。 この違和が、 後に問いと呼ばれるものの 胎座になることを。
この時代、 生命は、まだ生まれていない。 だが、 生命が生まれるために必要なものが、 初めて、世界の内側に留まった。
それは声ではなく、 痛みでもなく、 願いでもなかった。
ただ、 完成が、 完成だけでは在り得ないという、 沈黙の兆し であった。
(第一部・第二章 了)
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