1:俺が、俺じゃない(4)

 MAPアプリを開こうとしたところに、いきなり通知が来たため、海斗はスマホを手にしたまま、思わずのけぞった。


 (他人の LINEを見てしまった)


 海斗は、最愛の恋人である里玖のスマホですら、彼女が「見て」と言わない限りは決して覗いたことがない。


 だが、反射的に開いてしまった画面には、短いメッセージ。


 AKITO:『 事故て大丈夫?』


 送り主は「AKITO」。何かわからないロゴがアイコンになっている。


 友人か、それとも遊び仲間か。


 どう対処すべきか、なすすべもなくフリーズしていると、スマホがまたピロンと音を立てた。  


 あんな:『 めっちゃ心配してる。無事だったら返事して』


 続けて、泣き顔のスタンプ。


 こちらはアヒル口をしてウインクしたギャル目 JK 風のアイコン。


(こっちは……コイツの彼女か?)    


 海斗はスマホを握りしめたまま歩き続け――気づけば、バスの中に立っていた。


 豪邸からバス停までは徒歩十分ほどあったはずだ。

 バス停の位置すら知らないはずなのに、足は迷いなくそこへ向かい、気づけば乗車していたらしい。


 スマホの返信に意識を奪われているうちに、身体だけが勝手に動いていた。


 我に返った海斗の耳に「次は〇〇駅前、〇〇駅前」と車内アナウンスが響く。多くの乗客が降りる気配に、海斗もつられてステップを降りた。


 降りた駅は聞き覚えがあった。

 海斗と里玖が生まれ育って出会った街・福博市にある駅。

 この駅はよく使ったわけではないけれど、準繁華街なので名前は知ってる。


 ここからさらに中心街を目指してみたら、また無意識でどこかに足が向くだろうか。


 駅から電車に乗ってみることを思いついた海斗の耳が再び LINE の通知音を捉える。


 「あんな」からだ。再び泣き顔のスタンプ。


 彼女なのか、ただの友人なのか。


 この子との関係性がわからないままに返信を返すのは地雷原に突っ込むかのようにも思える。


 だが、返さないわけにもいかない。


 海斗は、当たり障りのない『無事です』というスタンプを、AKITO とあんなの両方に送った。

 瞬殺で、あんなから


『よかったー!』

『安心した』

『めちゃ心配した』


 とスタンプの連打が届く。


 その直後、AKITO からも『ぐーっ!』という拳のスタンプ。


『10m 飛んだてきいたけどマジ? 新車廃車?』


 どこからそんな話を聞いたのか分からないが、事故の詳細を知っているらしい。

 あいにく海斗には、翔生としての事故の記憶はない。

 その「記憶」という単語でひらめく。


『頭を打って記憶障害になった。詳細、記憶になし』


 送ると、即座に返事。


『マジwwwww』


(草生やしてんじゃねえよ……)


 その軽さに、少しだけ肩の力が抜けた。


『自分の部屋にも帰れず』

『マジか。ウケる。まんま韓流ドラマやん』

『よろしければ、部屋の住所教えてくれませんか?』


 敬語が混じってしまったが、気にしている場合ではない。


 少しの間をおいて、LINE でマップの共有情報が送られてきた。

 この駅の近くだ。


『今から遊びにいくけん、連れてっちゃーよw 今どこよ』


 持つべきものは、事情に明るい友人。

 調子のいいAKITO の存在が、今はありがたかった。


 数分後。


 前方から、できれば目を合わせたくないタイプの男が歩いてくる。

 ガタイが大きく、頭頂部で束ねたドレッドのポニーテール。


 海斗が本能的に視線をそらすと、その男が声を上げて駆け寄ってきた。


「ショウ! お前、マジで無傷やん!」


 ダボついたパーカーを揺らし、親しげに近づいてくる見た目ヤバ目の男。

 このドレッドヘアの兄ちゃんこそが AKITO だった。


「あ、えっと……ちわ」  


 どう反応していいか分からず、海斗は曖昧に会釈した。


「ちょ、マジウケる。記憶しょーがい。俺のことも忘れちゃったん?」

「は、はあ。申し訳ない」


 AKITO は陽気にギャハハハと笑い飛ばした。


「俺はアキト。おなちゅう(同じ中学)のダチな」

(はい、アキトさん。LINEで名前は存じております)  


 海斗が心の中で敬語を使いながら頷くと、アキトは力強く海斗の肩を組んだ。

「じゃ、いこか!」


---------------

*あとがき*

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