1:俺が、俺じゃない(2)
鏡の中の自分と睨み合ってから一時間。事態は海斗にとって理解を超えた混乱の極みにあった。
この直後に病室にやってきたのは、医者ではなく二人の警察官だった。
バイクの事故とやらについて事情聴取をされたが、海斗には当然のことながらそんな記憶はない。
海斗が知っているのは偵察任務中に攻撃を受けて、撃墜されたことだけだ。
だが、どうやら自分は自分でないらしいことだけはわかるのと、自衛官は任務中の出来事については相手が警察官といえど守秘義務がある。
海斗は攻撃については何も言わなかった――もっともチャラついた金髪のこの姿で言っても信じてくれないだろう。
その様子を警察官は「記憶障害」として処理していく。
「そりゃそうだ。原付で十メートルも飛ばされて頭を強打したんだ」
「普通なら死んでてもおかしくないのに、意識が戻っただけでも奇跡だ」
「……まあ、次は無茶すんなよ、朝倉君」
おじさん刑事たちは、海斗の無傷な体を「奇跡だ」となごやかにはやし立て、元気づけ、かつ説教を置いて帰っていった。
その後、海斗は最新鋭のMRIやCTスキャンに放り込まれた。
自衛隊の定期健診よりも遥かに精密な検査。結果は「異常なし」。
その後、医師の問診を受ける。
「自分の名前は?」
「沖島……」
海斗は言いかけてやめた。この姿は俺ではない。
そのとき「母親」とともに付き添っていた里玖の視線が、一瞬ピクリと動き、問診を受ける翔生(海斗)の後ろ姿にに向けられたことに、海斗は気づいていない。
「今日は何年何月何日ですか?」
「2022 年 3月……」
「……解離性健忘、あるいは高次脳機能障害の可能性が高いですね」
問診を終えた医師は事務的に病名を告げた。
医師のデスクにあるカレンダーを見て、海斗は、またも驚いた。2027 年 5月とある。
あの最後の任務は2022 年 3月 21日だった。
つまり五年も時が進んでいる!
夢ではない。頬をつねっても、痛みが脳に伝わる。
医師は、念のため入院してもいいが、脳に異常が見当たらないので、すぐに退院しても構わないという。
「翔生さん、おうちに帰ってゆっくりしましょ。ね」
佳乃は、いやに優しい声で海斗に声をかけると、
「早川先生、今日は診察までお付き合いいただきありがとうございました」
と里玖へもお礼の言葉をかけた。また海斗は里玖を見つめてしまう。
「いえ、学校へ報告しなくてはなりませんし。無事で何よりでした」
一瞬、海斗は里玖と目が合ったが、里玖はふっと目をそらしてしまった。
「ではお母様、私はこれで。朝倉君の欠席処理は、学校の方でしておきますね。
……朝倉君。落ち着くまでしっかり休んで。治ったら、マイペースでいいから登校してくださいね。じゃあ、お大事に」
去り際に里玖は海斗に言葉をかけたが、その笑みは事務的なものだった。
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*あとがき*
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