第4話 タクトとというモンスター
マスターに挨拶してから少華を自宅のマンションに案内した。
「すぐ隣だったんですね」
「まあね」
俺の住んでいるマンションはマスターが営んでいる喫茶店のお隣さんだ。自宅で小説を書くこともあるけど主に俺の執筆場所は隣の喫茶店だ。マスターの店はコーヒーの香りが充満していて落ちつく。マスターの昔話を聞くのも面白いし、時々来る常連客との会話も楽しいからな。玄関の扉を開けると小さい生き物が飛んできた。
「お帰りなさい連」
「ただいま」
俺の胸をトントンと叩くこの小さな生き物のことを少華に説明しなければ。
「なんですか、その小さい人間は」
「タクトっていうモンスターだよ」
俺は本を読むのが好きだ。日に一度は読書の時間を設けるようにしている。そして俺の部屋にはたくさんの本が溢れかえり──モンスターたちの休憩場のような場所になっている。
「連、この女の子は誰かな?」
その前に君を紹介しないとな。タクトさんや。タクトは中性的な見た目に声をしていて性別が分からない。ちなみにモンスターと言う表現が適切かどうかは俺にはわからない。なにせタクトは人間の見た目をしていて、僕の手のひらに乗るサイズの小さい身体の持ち主だ。他のモンスターも似たようなもの。俺は最初精霊か妖怪かと思って質問してみたら、自分たちのことはモンスター扱いでいいと言われた。彼らは決して争わず、喧嘩を売らず、穏やかに暮らしていると言う。普通は人間に見ることができないのだが特別に僕にモンスターを感知する目と感覚を与えてくれたようで……。
「わたしは辻村少華です」
「よろしく、僕はタクト。連の友達かな」
タクトは少華に手を差し出し少華と軽く握手する。そして少華が俺の家に泊まることを説明した。
「連は普段からだらけて本ばかり読んでるからね。一緒に住むなら世話かかるよ」
「僕は本を読むのが好きなんだ。外で遊ぶことよりもこっちのほうが楽しいの。だから本を読んでいる間だけは邪魔しないで欲しいな」
「なにか過去に色々あってトラウマ引きずってるとか? 失恋でもした?」
「なんでそうなるんだよ。僕は特にトラウマもないし告白したことも振られた経験もない」
「……ふーん」
なんなんだその疑わしい目は。交友関係は狭く浅くをもっとうにしている。だから知り合いは少ない。家族は本の虫になって友達が少ないことや将来のことを心配してくれるが心配はいらない。一応、心配かけないように資格関係の雑誌を買って将来自分がどんな職業に就くか考えている。学力は高いほうじゃないけど頭は回る。自分のできないこととできることの分別はわきまえているから。だから僕にあった数少ない才能、小説を書く才能を生かしてウェブサイトに小説を投稿したりしている。ポイントはまちまちだが練習用に書いた作品にしては高いポイントだ。あとはどうしても就職先に困ったときに本気で小説を書けばいいだけだ。と、考えているのだがタクトには呆れられている。まあ、それはわかる。小説家になる道は決して甘くないと知っているからね。
「こんな話、女の子がいる前ですることじゃないだろ、早く入ろ」
家の中に入り靴を脱ぎリビングに向かう。少華もお邪魔しますと言う声とともに着いてくる。
「本当に本がいっぱいあるんですね」
「うん、言って置くけど魔導書の類は置いてないから期待しないでくれ」
「そうなんですか、少し残念です」
なんか少華は魔導書を読むことを期待しているような雰囲気を醸し出していたからな。危険な魔導書を部屋に遊びに来た知り合いが読むことがあったりしてはいけない。自宅に魔導書は保管しないようにしている。どこかに放置することもない。作った魔導書はちゃんと適切なタイミングで作り、必要な人に手渡している。
「読みたい本があったら好きに読んでくれていいから、ソファにでも座ってくつろいでて」
「わかりました。部屋はある程度片付いているみたいですし、少し安心しました」
「まあ、本以外に荷物が少ないしな、毎日掃除はしてるしそれなりには綺麗だと思うよ」
まあ、喫茶店の常連さんが俺の家に寄っていくことがあるからなんだけど。特にマスターの喫茶店を知っている俺の同級生なんかはよく俺の家に入り浸ることもある。だから自然と人が集まることを考えて部屋を綺麗にすることにしている。
「あの、気になっていたんですけど、タクトさんみたいな生き物ってこの世にいるものなんですか?」
「意外とたくさんいるよ」
驚くのも気づかないのも無理ないけど。タクトたちを知覚できるのは魔術師を始めとした一部の人間だけだしな。俺はコーヒーメーカーでコーヒーを二人分作り、カップの一つを少華に渡した。
「ありがとうございます。モンスターって言ってましたけど、妖精にしか見えませんね」
「俺もそう思うんだけど本人たちはモンスターって言い張ってるからな、なにか理由があるんだろ」
まあ、少華にその理由を話すのはまだ早いかな。俺はそっと自分の分のコーヒーを飲んだ。
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