暗夜こぉる

がっかり亭

第1話 公衆電話

 真っ暗だ。


 何も見えないし、手をかざした限りでは何もない。


 まるで無の空間に放り込まれたかのよう。


 ……だが、存外、落ち着いてはいる。


 ガス灯もなく夜は何も見えない東北の田舎出身ということもあるが、予想通りだからだ。


 俺は、しがない雑誌記者。


 ……正確に言えば、予定だが。


 出来立ての出版社が、昨今の探偵小説の人気にあやかって、より刺激的な雑誌をやろうということになった。


 猟奇的な事件や不可解事件などの記事を集めた雑誌を始めるらしい。


 そんなものが内閲を通るとは思えないが……編集長の気骨からすれば内閲を介さずにいきなり出すつもりかもしれない。


 発禁になるだけだろうが。


 ともあれ、この不況の折、給料が出るなら何でもいい。


 記者募集に応募してみると、意外なほどすんなりと採用されたのだった。


 傷痍軍人なので望み薄とすら思っていたが、従軍経験があるから血や死体なども平気だろうとの話だった。


 そんなことを言うくらいだから、他の志願者に逃げられたのかもしれないが。


 とにかく記者となり、「刺激的な」ネタを探す日々が始まった。


 足を引きずりながら、あちこちで聞き込みをしていると、ほどなく不可解な噂に出遭った。


 何人もの人間が消えているのだという。


 ある日突然、前触れなく、人が居なくなる。


 それは失踪や蒸発というより、神隠しとでもいうものだった。


 現代の神隠し。


 記事の表題は決まった。


 早速、俺は現地に向かった。


 その現地というのが、新橋だった。


 新橋といえば、都会も都会。


 帝都の真ん中で、神隠しが起こる。


 それも面白い。


 どうやら、ここの公衆電話を使った人間が消えるのだという。


 そんな馬鹿な話があるだろうか。


 公衆電話を使える人間は、それなりにカネがあるはずだ。


 カネがあるのに疾走する意味は無い。


 とすれば誘拐が真っ先に浮かぶが、身代金の要求は無い。


 ただ消えただけ。


 では、殺されて財布を奪われたのか、となりそうだが、そもそも白昼堂々消えているのだという。


 電話をかけていた人間が消えたのだ。


 田舎ならいざ知らず、新橋の衆人環視の中消える。


 これは不可解にもほどがあった。


 流石に大手の新聞も調べた事件だったが、結局、何もわからず、続報はなく、立ち消えになっている。


 大手の記者らが電話を実際にかけてみる、大金を持って辺りを歩いてみるなどしたが、特に何も起こらなかった。


 その謎が俺ごとき新米記者に暴けるのか。


 出来る。


 少なくとも、大手記者たちに無い手がかりが、俺にはあった。


 というのも、最後に消えた人物が、知人だったのだ。


 そいつは、俺と同じ部隊に居た男だが、大酒飲みで、戦後はバクチにハマって無一文になっていた。


 金の無心ばかりするので、縁を切った男だった。


 奴に、電話をかける懐の余裕などあるはずがない。


 というか、かける相手がいるわけがない。


 つまり、ふざけて電話をかけるフリをしてみただけではないか?


 そう考えたのにも理由がある。


 他に消えた中に子供が居たからだ。


 銭を入れずにふざけてかけた可能性はじゅうぶんある。


 大手紙記者は、本社に電話をかけてみたらしいから、銭を入れているだろう。


 それで条件を満たさなかったのではないか?


 そんな仮説を立ててみたわけだ。


 というわけで、銭を入れずに電話をかけてみた。


 そうしたら突然真っ暗になった。


 で、今に至る。

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