ある小学校の事件
shoko(仮)
第1話 とある病院の看護師視点
「地域のニュースをお伝えします。」
ピロンッという音とともに、近くの小学校が病室のテレビに映った。看護師である私はいけないと思いつつも、つい見てしまう。
「昨日の午後3時ごろ、██市の小学校で、保護者が他の児童の保護者を階段から突き落とすという事件がありました。保護者は駆け付けた警察に逮捕されました。突き落とされた保護者は全治二カ月の重傷で、警察によりますと、加害者の方の保護者は黙秘しているとのことです。」
ビクリとした。なぜなら、当の突き落とされた保護者、名前は――さんというのだが、彼女は、うちの病院のちょうどこの病室にいるからだ。あれはひどい怪我だった。怪我以上のものだった。両足が変な方向に曲がっていたし、頭は針で縫わなければならなかった。意識ももうろうとしていて、呼びかけに応じたのは今日になってからだ。階段から突き落とされただけ――本当にそうなのだろうか?
実は、私の先輩が、件の小学校に、別学年だけれども、息子さんたちを通わせているらしく、事件についていろいろなことを聞いた。
彼女によれば、暴力をふるった保護者は、��さんといって、少し変な人、だったらしい。
保護者会中に泣き出したり、心配してあげても「やめて」と迷惑がったり、学校の先生にしょっちゅう電話を掛けたり、などなど。
一方、突き落とされた方の保護者はPTAの役員さんで、どんな人にも声掛けを欠かさない人だったらしい。加害者のことも気にかけて、いろいろサポートしていたらしい。上に立つ人は逆恨みを買うんだな、と思った。
アナウンサーは原稿を読み続けている。
「同じ小学校に通う保護者は、加害者についてこう語りました。」
すると、画面が移り変わり、校門の前に立つ、顔にモザイクのかけられた人が映し出された。
「(加害者と被害者の)仲ハ良クナカッタカナ……。最近ハ『(被害者の)〈P音〉サンニ、イジメラレテル』ッテ、ヨク言ッテマシタ。ダカラアンナコト、復讐? ヲシタノカナッテ。」
「今までやってきたことって、なんだったんだろ……」
ぽつり。そう、――さんはつぶやいた。蚊のような声だった。
私は何となく、うつむいた。
そこに突然、小さな女の子が入ってきて、――さんのベッドに駆け寄った。
「おかあさん!」
どうやら、娘さんらしい。とても愛らしく、真っ赤なほっぺに、ピンクのお洋服はまるで天使のようだった。
「♡♡ちゃん! 今日は学校終わったの?」
「うん! お母さん、いつなおるの? 元気出してね!」
私は自然と笑顔になった。これで――さんも少しは元気になるかもしれない。子供は親を笑顔にする力を持っている。育てるのは大変だけど、ふとした行動が、私たちを笑顔にさせる。自分も3歳の娘がいる身として、そう強く感じる。
――さんは、弱いながらも、精一杯声を出して、娘さんと会話していた。
「ありがとう。」
その声は慈しみにあふれていた。痛みを隠しながら、娘に心配をかけまいとするそんな声だった。
娘さんもそれを感じ取ったのだろうか。一瞬ハッとした表情をしたかと思うと、明るい声で言った。
「それにね、きょう、ずぅーっと、自しゅうだったの! みんな、お母さんのおかげだって言ってた! だからお母さんはずっと入いんしてて!」
他の入院患者さんに聞かれていないかドキッとした。子供のふとした行動はときに私たちをヒヤリとさせる。
「お母さんは好きで病院にいるわけじゃないんだからそんなこと言わないの。他の人もね、大きなけがをして仕方なくここにいるんだから、配慮して、そんなこと言わないで上げてね。」
「うん! はいりょする。」
♡♡ちゃんは元気よくで言った。さりげなく――さんの顔を見ると、目を細めて口角を上げていた。どこか彼女は幸福そうな感じがした。
――は娘さんに語り掛けた。
「それに、おかあさん、××ちゃんのお母さんにケガさせられちゃったから、××ちゃんには近づいちゃだめよ。」
「××ちゃんひどい!」
♡♡ちゃんが拳を振り上げた。そして、親のために怒っている。普通に考えれば、お母さん思いだな、で済む。
けど、私はこうも思った。親の争いを子供の間に持ってきてはいけないんじゃないかって。いや、実は××ちゃんが♡♡ちゃんのこと気に入らなくて、今回の事件を起こすよう、お母さんに頼んだとか? そうじゃなきゃ、こんな発言も飛び出さないはず……。
「そう。××ちゃんに教えてあげて。悪いことすると、みんなから嫌われちゃうよって。」
「じゃあ、前みたいに、××ちゃんのこと、むしする?」
私は言葉をこらえた。え、むし? 無視? いや、虫のこととか? 無視だったらまるで……
「そう。良い子にしてないと、みんなに無視されちゃうよって。グループに入れちゃだめだし、話しかけられてもそっぽむくの。分かるまでね。」
無視だった。
「でも、分かってくれるかな……。」
「じゃあ、××ちゃんの目の前を通るときに、わざとぶつかってみたら?『私はあなたのことが見えていません』って示すの。」
いや、逆に娘さんが悪い子扱いされますよね?
♡♡ちゃんが、か細い声で言った。
「う~ん。でも、でも……」
「まだ何かあるの?」
「この前、××ちゃん、それで、なき出しちゃったんだ。みんなの前で。」
この発言も十分信じられないような発言だが、お母さんの言葉はそれ以上だった。
「信じられない、♡♡ちゃんを悪者扱いするなんて。」
信じられないのはあんたの方だよ。状況分かってんのか。
沈黙の後、――さんは娘さんにアドバイスし始めた。
「うーん、分かってくれなかったら、分かるまで教えてあげればいいんじゃないかな。」
「そうなの?」
だめだよ。分かんねえよ、そんなことされても。
「だって、勉強も、分かるまで何度もノートに書いたりするでしょう。」
「確かに! ありがとうお母さん!」
いや、ノートに何度も書いたって、覚えられんものは覚えられんよ。暗記は他の語句との関連性や流れ、実用例や問題演習を通じて定着していくものだから。受験落ちるタイプの浪人生みたいなこと言うな。
いや、そういうことじゃなくて、仲間外れは良くない。とにかく人の道から外れている。そのようなことを、さぞ正義のように子供に教える母親はどこか異質だけど、普通のようにも感じられる。
だって私も異質だからだ。つい数分前まで、私も――さんの方を正義のように思っていた。
私のショックもお構いなしに、――さんは話し続けていた。
「いいのいいの。困ったらいつものように私に相談しなさい。色んな懲らしめ方を知ってるから。」
「すごいすごい! くつをかくすやつ、とか、カッターのやついがいも!?」
「もっと良い方法もね。それに、私もこれまで通り、��さんがちゃんと分かってくれるように、いろいろやるからね。」
階段から突き落とした保護者が言っていたことはその通りだったのだ。――さんは娘さんを使って、イジメをしている。
いや、彼女にとってこれはイジメではない。
先生が問題を起こした生徒を叱り、親が子を諭す感覚でやっている、当然の行い。××ちゃんや��さんに正しいことをしてほしいから教えてあげる。あくまでも、それでしかないのだ。
「そういえば……。」
――さんがゆっくりと、喉の奥から冷たい声を出して言った。
「▲▲ちゃんのお母さんってば、個人情報だから、学校のことはベラベラ喋っちゃいけないのに。退院したら、きちんと言ってあげないと。」
私はすぐ小学校と教育委員会と警察に情報提供した。
(完)
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