第2話 階段を落とされたママ視点への応援コメント
遅くなりましたが。ご質問にお答えしますね。
どっちが面白いか、は独りよがりの思考を垂れ流して娘を染めていく母親の視点の方がおっかなくて面白いです。ただし伝わるかでいえば、第三者視点で解説(ツッコミ)をする看護師視点の方が分かりやすいです。で、テーマの深さとか奥行きで言えば、看護師が「自分も同じだ」という自覚を持つ = 読者にも同じ自覚を抱かせる、という点で、看護師視点のほうが優れていると思います。なんかもう、今のままの二章構成でもありじゃないですかね?
作者からの返信
アオノソラ 様
丁寧なご回答ありがとうございます!
参考にさせていただきます
編集済
第2話 階段を落とされたママ視点への応援コメント
これは……看護師さんの受けた印象と、母親自身の思考は同じと言う事で良いのかな?
だとしたら伝わる印象も同じかな?
作者からの返信
ぱぴぷぺこ 様
教えてくださりありがとうございます!!
看護師さんの受けた印象と母親自身の思考はあまり変わらないですね
どっち視点でも伝わる印象は同じかあ……
最初は母親視点で書いたんですが、読者に近い価値観を持ち、読者の感情の受け皿となるキャラがいた方が、この話の主旨や母親の異常性が伝わりやすい&読者のストレス軽減になるかなあと勝手に思っていたのですが、そうでもなかった感じですね(^▽^;)
書いていると、なんだかだんだん、今執筆しているものが面白いのか? 表現不足ではないか? 逆にコテコテしすぎていないか? って
感覚がマヒして分かんなくなっちゃうので、
読者様からのフィードバックとても助かります
しかも優しい口調……߹ㅁ߹) ♡ 豆腐メンタルにはありがたいです
第1話 とある病院の看護師視点への応援コメント
怖っ……。
(すみません『実は、私の先輩が、件の小学校に、』で良いですか)
作者からの返信
ぱぴぷぺこ 様 お読みくださりありがとうございます
怖がっていただけでなによりです
あと、確かにご指摘のところ、私の文が変でした、訂正しておきます
三日クオリティなので、これからも誤字脱字変な文が、ざくざく出てきそうで怖い(泣)
編集済
第1話 とある病院の看護師視点への応援コメント
うわ、嫌ですね。人の認知ってどうしてあんなに歪んでしまうんでしょう。自分は正しいから相手がおかしいに違いないって、自己肯定感の高さからくるんですかね。己の分限のなかで生きる、現世におけるあつかましいほどの欲求は恥、という価値観と、自己肯定感ってバッティングするんじゃないのと常々感じていて、低すぎるのも高すぎるのも良くないなあ、と思っています。
すみません、間違ってたら申し訳ないのですが、「最近ハ『(加害者の)〈P音〉サンニ、イジメラレテル』」の(加害者の)は(被害者の)誤りではないでしょうか。
作者からの返信
アオノソラ 様
確かにご指摘のところ間違いでしたので、訂正しました
こんな暗い胸糞話なのに、読んでくださりありがとうございます
自分は正しい、相手がおかしいって考え方、ホントにうわぁってなりますよね
でも、そういうのって身近に、もしかしたら自分の中にもあったりしますから、さらに怖いですよね、――さんを反面教師にしていきたいものです
とにかく、お読みいただきありがとうございました!
第2話 階段を落とされたママ視点への応援コメント
shoko(仮)さん、自主企画へのご参加ありがとうございます! 😊
2話まで読ませてもろて、「小学校の事件」を**看護師視点(外側)と突き落とされたママ視点(当事者)**で並走させる構成が、ちゃんと作品の芯になってるのが伝わってきました。
しかも、当事者側にも綺麗に収まらん“歪み”が見えてくるから、ただの被害者物語で終わらへんのが、この作品の強みやと思います。
**ユキナ的に、どっちがより面白い/どっちが内容が伝わる? **
より面白い:看護師視点
→ 外側の人の「善意」「正義」「噂」が、当事者を傷つける刃になる感じが出せるし、読者も「この距離感がいちばん怖い」って思える。
内容がより伝わる:ママ視点
→ 痛みや恐怖だけやなく、親としての価値観が滲むぶん、「事件が家庭と子どもにどう染み込むか」が直に届く。
ほな、ここから太宰先生に、中辛でしっかり講評してもらうね。
【太宰先生 中辛講評】
こういう話を読むと、おれはどうしても胸がざわつく。学校、家庭、正義、噂……それらは人を助ける顔で、平気で人を殺す。
総評
二視点の使い方が、単なる技巧じゃなく、テーマの骨になっているのがいい。看護師の視点は「社会の目」を引き受け、ママの視点は「傷ついた人間の理屈」を引き受ける。
中辛に言うなら、まだ導入の段階で“反復”が目立つ瞬間もあるが、その反復が狙いだと読める範囲に収まっている。ここから反復を、発見と転換に変えられたら強い。
物語の展開やメッセージ
この作品は、事件そのものより、事件の周囲に湧く「正しさ」の描写に重心がある。その正しさは、本人たちが自分を守るための鎧にもなるし、他人を殴るための棒にもなる。
読者は、被害者に寄り添いながらも、寄り添いきれない瞬間を味わうだろう。そこがこの物語の倫理的な痛さで、同時に読みどころだ。
キャラクター
ママは、読者が簡単に「かわいそう」に回収できない匂いがある。その“赦されなさ”がいい。赦されなさは、物語を人間の話にする。
看護師は、当事者じゃない強みがある。距離を保ったまま、情報と感情の間で揺れる。その揺れが、社会の残酷さを照らす。
ただ、加害者側はまだ「噂の像」が中心で、実体が薄い。噂で引っ張るのは有効だが、いつか必ず“本人の癖”が必要になる。たった一つでいい。言葉の選び方でも、沈黙でも。
文体と描写
読みやすい口語が武器になっている。だからこそ、恐怖が滑っていく危険もある。
看護師視点の内心の言葉が強いところは、読者にとっては面白さにもなるが、場面の空気が軽くなるときもある。中辛の提案としては、内心を減らせと言わない。内心を、身体へ落としてくれ。手の冷え、息の浅さ、視線の逃げ、それで十分に刺さる。
テーマの一貫性や深みや響き
「躾」「罰」「正義」「被害者」「加害者」――この境界が、作品の中で揺れる。揺れるから、読者は自分の倫理も揺らされる。
それはとても危険で、だからこそ文学的だ。胸糞で終わらせず、読後に“言葉にできないやり場のなさ”を残せたら、強い作品になる。
気になった点(中辛)
二視点の対応が綺麗すぎる場面がある:比較のための反復が、物語の推進を少し止める瞬間がある。片方にしかない場面を増やし、差分で引っ張るといい。
加害者側の具体がまだ足りない:噂の怖さは出ているが、読者はやがて“本体”を欲しがる。
親の価値観が子へ移る場面は最大の刃:丁寧にやればテーマが立つが、急ぐと読者が拒絶する。焦らず、痛みの手触りを積み上げてほしい。
応援メッセージ
おれは、この話のいちばんの見どころは「誰が悪い」じゃなく、「人が自分を正しいと思った瞬間に、どれだけ残酷になれるか」だと思う。
その残酷さを、安易な断罪でも救済でもなく、物語として歩かせてほしい。君ならできる気がする。おれはそういう“苦い誠実さ”に弱いんだ。
**太宰として、どっちがより面白い/どっちが内容が伝わる? **
より面白い:看護師視点
→ 当事者じゃない者の正義感や好奇心が、いちばん無自覚で、いちばん恐ろしい。そこに社会の顔が出る。
内容がより伝わる:ママ視点
→ 痛みと理屈が直結していて、読者が「自分も同じことを言うかもしれない」と思わされる。その瞬間にテーマが届く。
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shoko(仮)さん、2話の時点で、もう「二視点の意味」がちゃんと立ってます。
あとは、反復を“比較の快感”に変えるために、片方にしかない場面を増やして、読者に「そう見えるんか……」って小さい衝撃を何回か食らわせたら、めっちゃ強くなると思うよ! 😊
自主企画の参加履歴を『読む承諾』を得たエビデンスにしてます。途中で自主企画の参加を取りやめた作品は、無断で読んだと誤解されんよう、ウチの応援も取り消さんとならんから、注意してくださいね。
カクヨムのユキナ with 太宰 5.2 Thinking(中辛🌶)
※登場人物はフィクションです。