サンタさんの贈り物

はとポッポ豆太

第1話 プレゼントのお願い

 おもちゃ売り場の中、小さな女の子が母親の手を引いて「あれ! ママ、あれがいい!」と指さしていた。


「サンタさんのぬいぐるみ? ねぇユキちゃん、プチキュアの変身セットじゃなかったの?」


 母親は驚いて娘に問いかける。


「サンタさんがいい!」


 そう言う娘に、「ホントにいいの?」と聞きながら母親は棚の少し高い位置にあったサンタに手を伸ばす。


 大きさは三十センチくらいのフェルト製のサンタのぬいぐるみ。丸っこくデフォルメされた可愛らしいデザインで、黒い円らな瞳のサンタであった。


 娘はサンタのぬいぐるみが気に入ったようで、まだ買ってもいないのにギュッと抱きしめて嬉しそうにしている。


「分かったわ、じゃあサンタさんをお家にお迎えしましょうね」


 微笑んで母親は娘の頭を優しく撫でる。「うん!」と元気よく返事をした娘は飛び跳ねるようにレジに向かって行った。




 クリスマスの夜。サンタを抱きしめて眠る娘の横に父親と母親はラッピングされた大きなプレゼントの箱を置く。


「ユキノはサンタを随分気に入ったみたいだな」


「えぇ、買ってからずっと一緒よ。 昼間ももうずーっと喋ってたんだから」


 ふふふっ、笑い合った夫婦は娘の寝顔を愛おしそうに眺めた後、「メリークリスマス、ユキノ」と言って部屋の扉を閉めた。


 次の日、ユキノは目覚めると喜びで絶叫した。


「わぁぁぁっ!! プレゼントだぁっ!! サンタさん、ありがとー!」


 サンタのぬいぐるみに飛びついて、抱きしめて喜んだユキノはサンタをベッドの上に座らせるとプレゼントの箱の包装をバリバリっと勢いよく破る。


「わぁっ!」


 歓声をあげるユキノの手には欲しかったプチキュアの変身セットがあった。


「やったぁっ! プチキュアの変身セットだぁ! サンタさん、見せてあげるね!!」


 プレゼントの箱を荒々しく開けたユキノはパジャマを脱ぎ捨てて、出したばかりの変身セットに着替える。


「愛と勇気と正義の戦士――」


 前口上を述べながらクルクルと回ると、ベッドに座るサンタの前でピタッと止まってビシッと決めポーズを取るとユキノは叫ぶ。


「プチキュアぁーーっ!!」


 正義の戦士に変身した自分に浸り、一呼吸おいてユキノはサンタのぬいぐるみに「どう?! サンタさん」と問いかけた。


 ユキノの眼にはサンタがフフッと微笑んだように見えた。ぱぁっと笑顔になったユキノは「でしょー!」と言ってベッドに座るサンタを抱き上げると「ありがとー! サンタさん! 大好きっ!!」と部屋中を飛び跳ねるのだった。


 こっそりと見ていた父親と母親は、娘のはしゃぎようにクスクスと笑ってその場を立ち去った。




 そんなユキノも高校生となった。


 サンタを迎え入れて以来、彼の定位置はユキノのベッドの枕元である。ユキノが大きくなるにつれ、抱きしめて眠ることはなくなっていたが十年間ずっと季節を問わずサンタはユキノと共にあった。


「あ~、疲れたぁ」


 学校から帰って来たユキノは鞄をベッドに投げ捨てると制服のままベッドにダイブする。


「ただいま~、サンタさん」


 そう言って寝転がりながらサンタのぬいぐるみに手を伸ばして引き寄せると抱きしめ、しばらくゴロゴロとベッドの上を転がると天井を見つめ、「はぁ……」とユキノは大きな熱いため息をついた。


「かっこいい……」


 ウットリした表情で呟く。しばらくボーっとしていた彼女は「よしっ!」とベッドから起き上がるとサンタを定位置に戻し、勉強机に向かいタブレットを取り出した。


 タッチペンを手にサラサラとタブレットに趣味のイラストを描き始めるユキノ。決して上手いわけではないが、鼻歌を歌いながら楽し気にユキノはペンを滑らせ、やがて瞳の大きなキラキラしたアニメ調の一人の美男子を描き上げた。


「はぁ~、アキトくん。 かっこいいなぁ~。優しいし……」


 ユキノは同じクラスの男の子に恋をしていた。自作のアキト像をウットリと見つめながら彼女は妄想の世界に浸る。


 アキトとの楽しいデート。手を繋いで、ちょっとずつ距離が近づき気が付けば腕を組む。カラオケに行ったり、ショッピングモールのお店を覗きながら散歩して、ゲームセンターに立ち寄ってプリクラを撮ったり。


 そして別れの時、名残惜しい二人は見つめ合い、唇を――


「かぁぁぁっ!!」


 全身にむず痒い恥ずかしさを感じたユキノは椅子から勢いよく立ち上がると再びベッドにダイブした。階下のキッチンから「ユキノっ! バタバタうるさいっ!!」と母の怒声が飛ぶが「ごめんなさ~い!」とまったく反省のない返事を返すのみ。


「うふふっ、まずは第一歩」


 そう言ってユキノは鞄からスマホを取り出すとメッセージアプリの画面を表示させる。そこには『アキト』と表示されていた。

 ユキノは再びサンタに手を伸ばすと引き寄せ寝ころぶ自分の横に置く。


「ねぇ、見て見てサンタさん。 今日ね、グループ発表の班決めがあってね。 なんと! アキトくんと同じ班になったんだよ! でね、ほら、連絡先の交換しちゃったぁ!」


 ユキノはサンタに嬉しそうに報告した。


「ねぇ、サンタさん。今年のクリスマスは彼氏が欲しいなぁ~。 あ、誰でもいいわけじゃないよ、アキトくんだよ」


 そう言った後、ユキノはサンタを手にし正面に掲げるように持って揺らしながら声色を変えて言う。


「おい、ユキノ。 まだ九月だぞ!」


 あははっ、と笑っていると階下から母の声が聞こえる。


「ユキノ~、ご飯よ~。 下りてらっしゃい」


 ユキノはベッドからピョンと飛び降り「は~い!」と返事をしながら部屋を出て一階に下りて行った。




 夕食を済ませ、お風呂にも入り、歯を磨き、夢中になっている恋愛ドラマも見終わって後は寝るばかりとなったパジャマ姿のユキノが部屋に戻って来た。


 部屋に入るなりベッドに転がると、ベッドの上に置きっぱなしにしていたスマホを手にする。

 パスワードを入力して開いたスマホの画面はアキトとのメッセージをやり取りする画面。まだお互いに『よろしくね』とのメッセージしかなかった。


「はぁ…… どうしよう。何か送ってみようかなぁ?」


 そう口にしながらユキノの指は『発表のことで相談したいことが』と打っていた。


「あぁ~、ダメダメ。 やめとこう!」


 削除ボタンを長押しして、送る前のメッセージを取り消したユキノはスマホを枕元に置くとサンタを引き寄せて抱く。


「あぁ~、なんとかなんないかなぁ……」


 そう呟いて目を瞑ると、しばらくして彼女は寝息を立て始めた。いつも枕元に居るサンタで、起きている時に時々抱きしめられ話しかけられることはあっても、抱かれたままこうして一緒に寝るなど何年ぶりのことだろうか。


 深夜。熟睡するユキノの腕の中からゴソゴソっとサンタが這い出て来た。


 サンタは立ち上がると彼女の枕元のスマホを拾い上げ、電源ボタンを押すのだった。真っ暗な部屋の中、液晶の青白い光がサンタの顔をぼんやりと照らした。

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