嫉妬と幸福の境界

すばる

第0話 序章

冬の波は、いつだって俺を沖へ連れ出す。

曇天の下で膨らむうねりに身をゆだねていると、

街のざわめきも、日々のこまごました雑音も、

すべて遠くに沈んでいく。


波待ちのあの、ゆっくりと上下する揺れ。

あの静けさの中に入ると、

どこかで封じ込めたはずの記憶が、

かすかな潮の匂いと一緒に戻ってくる。


あかりのことだ。


最初に彼女の名前を知ったのはGREEだ、

まだスマホが今ほど強烈じゃなかった頃の、

どこか素朴さの残るネットの片隅だった。

あれは、まだ名前だけが行き来していた頃で、

軽い挨拶を投げ合うだけの、

風みたいに通りすぎるやり取りだった。

それからも、はっきり形にできないまま、

俺とあかりのあいだには細い流れが続き、

気づけば季節だけが静かに巡っていった。


けれど、2012年の冬。

彼女が成人を迎えて間もないころ、

あかりはふいに俺の前へ現れた。

まるで、季節の節目に合わせて

海が何かを運んできたみたいに。


あの出会いが、

長く波の下に沈んでいた何かを浮かび上がらせることになるとは、

そのときの俺は知る由もなかった。

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