国の卵は独立国家となり得るか?

まこわり

第1話 沈む艦

 敵の砲弾を受けてしまった、この戦艦は沈むのか?


 先遣隊として敵国領海に入ったはいいが、情報が漏れていた。

 今この艦は、待ち伏せされた敵機の集中砲火を受けている。

 兵たちは必死に抵抗し、甲板の火を消し、浸水を防ごうとしている。しかし、ダメージコントロールが終わるより先に、次の攻撃を受けている。攻撃の手数てかずがあまりにも多すぎる。


「もはやこれまでか……」


 艦長である俺は、艦内の兵たちに告げた。


「この艦はまもなく沈む、全員退避せよ! 全員退避!!」


 操舵室にいた海兵たちも、救命ボートに次々と乗り込んでいった。数海里後方には空母を旗艦きかんとするわが軍の艦隊が控えている、救難信号は出した。運が良ければ……、救助されるかもしれない。


「生き延びろよ……」

 俺は、つぶやいた。


艦長かんちょうも逃げましょう!」

「いや、俺はここに残る。それが艦長最後の務めだ」


「だったら僕もここに残ります。艦長と、この艦とともに……」

「馬鹿野郎! お前には家族がいる、そして、逃げ延びたあいつらを誰がひきいるんだ?」


「それは……」

「お前が率いるんだろうが!? 今は逃げろ、そして必ずこの戦いの勝利を我が国にもたらしてくれ。そして、独立を勝ち取るんだ!」


 そう、今俺たちの国は反旗を翻した。植民地支配からの独立のために戦っている、いわば国の卵みたいなものだ。


「艦長……うう」

「軍人が泣くな! 時間がない、いいから行け!」


 俺は、最後まで残った部下を見送ると、操舵室のテーブルの引き出しにこっそり忍ばせていた煙草を取り出し、火をつけた。

 艦内は禁煙だが、今日ぐらいいいだろう。ここには俺一人しかいない、誰も規則違反をとがめる者はいない。


「ふぅ……」


 俺は煙を吐いた。


 そして、おもむろに尻の方からパンツの中に手を突っ込んだ。

 次の瞬間。


 ブシュッ


 俺は屁をこいた。


 嫌な音はしたが、幸いは出なかった。にぎりっを自分に喰らわせる。卵が腐ったような臭いの屁かと思ったが、艦内での節制した生活が良かったのか、臭いもあまりしない。


 そう、俺は屁をこきたかったのだ。艦が沈むかもしれない、一を争う状況で「屁をこきたいから一人にしてくれ」なんて言えるわけがなかった。

 屁は出せた、しかし、今から「やっぱり避難する」と言って、救命ボートに乗せてもらうのも恥ずかしい。


「さて、どうしたものか……」


 その時、背後に人の気配がした。


 誰かが俺を説得に戻ってきたのか? しめた、ここで説得されて逃げることにしたと言えば、カッコウはつく。俺はニヤける顔を必死に真顔に戻し、振り向いた。


「まだいたのか? 早く逃げろと言ったはずだ……が?」


 そこにいたのは、軍人ではない姿。頭に輪が浮かび、翼がある。どうみても「天使」と呼べる姿の女性。しかも、昨年死んだ俺の妻の若い頃に瓜二つだった。


「だ、誰だ?」

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