第21話

 王都南区。


 新結界の流れが、わずかに乱れていた。


「数値、再確認!」

「誤差……許容範囲を、超えています!」


 結界管理局の制御室に、焦燥が走る。


 致命的ではない。

 だが、確実に“おかしい”。


「流量が、意図的に絞られている……?」

「そんな操作権限、誰にも――」


 言葉が、途切れた。


 若い技術官が、震える声で言う。


「……違います」

「操作、じゃない」


 彼は、魔導盤を拡大表示した。


「結界式そのものに……“噛ませ物”がある」


「噛ませ物?」


「流れに逆らわない形で」

「少しずつ、循環を歪ませる構造です」


 ざわめき。


 それは、破壊ではない。

 劣化を装った破綻だった。


「時間をかけて」

「新結界が“不安定だ”と思わせる……」


 誰かが、呟く。


「……罠だ」


 その頃、王城。


 レオンハルト王太子は、緊急報告を受け、即座に立ち上がった。


「原因は?」


「新結界の基幹式に、外部干渉の痕跡があります」

「ですが……構造が、あまりにも巧妙で」


 王太子は、奥歯を噛みしめた。


「……旧魔導院か」


 破壊できない。

 正面から否定もできない。


 だからこそ、

 “時間を味方につけた”。


「このまま進めば、どうなる?」


「数日から数週間で」

「局所的な魔力停滞が発生します」


「被害は?」


「小規模……ですが」

「人々は、不安になります」


 それで、十分なのだ。


「……エリシアに、連絡を」


「すでに、使者を走らせています」


 だが。


 その頃、辺境ルーンフェルト。


 エリシアは、結界制御塔の最上階で、静かに手を止めていた。


「……変ですね」


 カイルが、振り向く。


「何か、感じたんですか?」


「ええ」

 彼女は、魔導盤を見つめる。

「結界が……“嫌な鳴り方”をしている」


「鳴り方?」


「設計通りなら、もっと滑らかです」

「これは……」


 指先が、走る。


 遠隔観測式が、次々と展開される。


 そして。


「……なるほど」


 エリシアは、静かに息を吐いた。


「やられました」


 カイルが、青ざめる。


「失敗……ですか?」


「いいえ」


 彼女は、首を振った。


「試されたんです」


 魔導盤に映し出されたのは、微細な補助式。

 一見、安定化のために見える構造。


「これを組んだのは」

「新結界の思想を、理解している人間です」


「じゃあ……」


「ええ」

「旧魔導院の中でも、相当の切れ者」


 エリシアは、淡々と言った。


「壊す気はない」

「“間違っていた”ことにしたいだけ」


 それは、最も厄介な敵意だった。


「どうします?」


「……放置は、できません」


 彼女は、ゆっくりと立ち上がった。


「この結界は」

「“誰か一人がいなくても回る”仕組みです」


 だが。


「“悪意を想定しない”わけじゃない」


 彼女の目が、鋭くなる。


「想定外なのは――」

「私が、どこまで想定していたか、です」


 その瞬間。


 結界制御塔の魔導盤が、淡く光った。


 自動補正式が、静かに起動する。


「……え?」


 カイルが、目を見張る。


「歪みが……戻っていく?」


「はい」


 エリシアは、淡々と答える。


「“ゆっくり壊す罠”なら」

「“先に気づいて、静かに修正する”だけです」


 だが。


 彼女は、続けた。


「ただし」


 その声が、低くなる。


「仕掛けた相手には」

「こちらが“気づいた”ことを、知らせる必要があります」


 でなければ、

 次は、もっと深い罠が来る。


 王都では、人々がまだ知らない。


 新しい世界が、

 すでに試され始めていることを。


 そして。


 その試練に対し、

 世界の設計者が――

 本気で、盤面に戻ろうとしていることを。

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