第2話
連れて来られたのは、六本木の高層マンションの最上階にある部屋だった。何重にも施されたセキュリティーをくぐり抜けてその部屋のドアの前に立った時、来るべきじゃなかったとすぐに思い知った。
こんなところ、私なんかが関わる場所じゃない――。
手に持っていた傘の柄を握りしめ、踵を返そうとした瞬間に彼女に腕を取られた。
「ここに来てるのは、
全然大丈夫なんかじゃない。
慶心大と言えば私立の超有名大学だ。偏差値も高ければブランドもある。それに、大学生でこんなところに住んでいる人たちがすることなんて想像すらできない。
慣れた手つきで彼女がインターホンを押すと、「入って」と短い声が聞こえて来た。
その扉が開くとすぐに、長い廊下が伸びている。何人住むことを想定した玄関なのだろう。これだけで一部屋分になりそうなほどの広い玄関ホールだった。
大理石の床を進むと、着飾った男女が入り乱れた広いリビングがあった。それは、都心のビル群を望める、ガラス張りの恐ろしいほどに広い部屋だった。
「ごきげんよう」
さっきから私の腕をきつく掴んでいる彼女が、甲高い声を上げた。その声に、視線が一斉にこちらへと向けられる。
自分に向けられた好奇の目が、身体を強張らせた。上から下まで蔑むような視線を投げかけられて、身がすくむ。
「こちらにいるのは、戸川雪野ちゃんと言って私のクラスメイトなんです。今日は急遽来てもらいました」
一瞬しんとした部屋が、彼女の声でざわつき始めた。
――あの女子大に、あんな子いるの?
――こんな場に連れて来られちゃって可哀そうに。固まっちゃってるよ?
緊張して微動だに出来ないくせに耳だけは冴えわたって、そんなひそひそ声があちらこちらから聞こえて来る。
もう帰りたい。
そう思っても、腕は彼女に強く掴まれたままでどうすることもできなかった。
「まずは、このパーティーの主役であるソウスケさんに挨拶をしないといけないから」
彼女に耳打ちされて、引きずられるように連れて行かれる。
髪形もメイクも服装も、何もかもが自分と違う華やかな女の子たちと、見るからに育ちの良さそうな男の子たち。そんな人たちを掻き分けながら、部屋の真ん中に置かれた革張りのソファにゆったりと座る男の前に突き出された。
「ソウスケさん、お久しぶりです。今日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
彼女がアイドルのような笑顔をその男に向ける。すると、両隣に座らせていた女の子と喋っていた男がゆっくりと顔を彼女に向けた。
「おまえ――」
発せられた声の低さと冷たさに息をのむ。
「誰だっけ?」
目の前にいる男は表情一つ動かさずにそう言い放った。完璧な笑顔を作ったはずの彼女の顔が、一瞬にしてそのまま固まる。
何かスポーツでもしているのか、服の上からでも分かる鍛え上げられた身体つき。長い脚を投げ出すように組みながら、感情のまったくうかがえない目で彼女を見上げていた。
「そ、そんな意地悪なこと言わないでください。この前、一緒に過ごしてくれたじゃないですか……」
それでも必死に笑顔を貼り付けているけれど、その声は震えている。
「ユリちゃん、ソウスケにそんなの通用しないよ。一度寝たくらいじゃ記憶に残らない男だもん」
ソファにもたれるようにして立っていた、もう一人の男が満面の笑みで答えた。ソウスケという人を取り囲むように座る二人の女の子たちも、クスクスと笑う。
背筋に冷たいものが流れるような感覚に襲われた。
この世界は、一体、何――?
彼女は立ち尽くしたままで動けないみたいで。隣に立っているだけで、その心境が伝わって来てこちらまで胸が痛む。
「……まあ、でも。せっかく来たんだし、楽しんで行けよ」
尊大な男の一目見られただけで怯んでしまいそうな鋭い表情のせいで、ほんの少し口角を上げただけでその差が際立つ。その冷たい微笑は、自分に向けられたわけでもないのに胸の奥をざわつかせた。
「は、はいっ! ありがとうございます。そうさせていただきます」
彼女は息を吹き返したように頬を上気させた。
このほんの数分のやり取りで、この男がどんな男か想像がつくと言うのに、その目は心の奥底の何かを刺激する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます