クリスマス・キャロルは流れない
月代零
前編
クリスマスは、苦手だ。ついでに誕生日とか、諸々の行事も。与えることも、与えられることも苦痛だった。
だから、
「もう、別れましょう」
クリスマス・イブの夜、付き合っていた彼女にそう言われても、大して心は動かなかったし、俺は「わかった」と素っ気なく言って、それで終わりだった。学生ではないのだから、世間がクリスマスだなんだと浮かれていても、サラリーマンの前に横たわるのは、年末進行という現実だ。それでも時間を作って、こうして彼女の希望通りデートに漕ぎつけたというのに。何だか、全てがどうでもよくなった。
別れを切り出された理由は、「愛されている実感がないから」、だそうだ。これまで何人かの女性と付き合ったが、いつも似たような理由で別れを告げられる。
誰かと深く付き合うというのは、とても労力を使う。まめに連絡を取ったり、都合をつけて会ったり、誕生日やクリスマスにはプレゼントを贈ったり。俺には、どれも面倒で仕方がなかった。特に、互いの誕生日とクリスマスは、苦痛に近いものがあった。ほしいものを聞かれてもよくわからないし、「あれがほしい」と相手に要求されると、ひどく心がざわついた。
ものも、金も、愛情も。何かを与えられるのは、返すことのできない、大きな借りを作った気分になる。だから俺は、何もいらない。与えられる喜びを知らないから、俺も他人に何かを与えることはできない。だから、相手に心を煩わされることがなくなって、むしろほっとしている。自分がひどく寂しい人間になったような気もするが、別に構わない。
「うちにはお金がないのよ」
それが、母の口癖だった。
誕生日にクリスマス、正月、それから友達と遊ぶとき、修学旅行や進学などのイベント、事あるごとにそう言われた。だから、俺は、誕生日にもクリスマスにも欲しいものは言わなかったし、進路もなるべく金のかからないものを選んできた。
そんなに言うのなら、どうして三人も子供を作ったのかと今なら言ってやるところだ。子育てに金がかかることくらい、少し考えればわかるだろうに。
俺は三人きょうだいの長男として生まれたが、記憶にある中でも、両親の仲はすこぶるよくなかった。こんなに仲が悪いのに、子作りには励んだのかと思うと、自分のこの身が疎ましくすらある。もしかしたら、望まぬ妊娠をさせて相手を縛り付ける、多産DVに近いものだったのかもしれないが、聞いていないのでわからない。聞く気も起きない。
そんなだから、俺は高校入学と同時にバイトをして金を貯め、行きたかった大学を諦めて専門学校に行き、就職した。就職と同時に家は出て、一人暮らしを始めた。
誕生日やクリスマスに、無邪気にほしいものを要求できる二人の妹が、うらやましく、妬ましかったし、二人には甘い顔をする両親にも納得がいかなかった。俺が家を出た後、二人は学費を出してもらい好きな大学に行って、バイトは自分の小遣い程度でぬくぬく暮らしていると聞いて、虚脱感を覚えた。以来、実家にはほとんど帰っていないし、ろくに連絡も取っていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます