俺と彼女とおっさん

栢瀬 柚花

第1話 彼女の友達?

 人生3人目の彼女に、喫茶店に呼び出さた。

 大学での休み時間。いつもと何ら変わらない雑談の合間の、さりげない一言だった。

「会って欲しい人がおるから、よろしく!」

 と言われ、友達かなぁと気軽に赴いた。

 それが間違いだった。



 待ち合わせ場所はよくあるチェーン店の喫茶店。

 平日の午後だった。

 俺は講義前にそこに寄って、夜はバイトだなぁ、今日は店長の機嫌が良かったら嬉しなぁなんて、よそ事を考えていた。

 店内に入り、彼女を見つけて近寄ると、そこには知らないおっさんがいた。

 俺は唖然とした。もしかてお兄さん?にしては、老けて……いや、年の差がある。兄弟と言うには無理があり、親といば……まぁ、無くはない。そんな年齢のおっさんだった。

 呆然と立ち尽くす俺に、彼女、片山紬かたやまつむぐは笑顔で

「こっちこっち〜」と手招いている。いや、知ってるよ。目が合ってるじゃん。

 何とかぎこちない笑顔を返して歩み寄ってみる。

 紬はニコニコしていて、おっさんの方はアイスコーヒーを音を立てて下品に飲んでいた。

 同じテーブルのにつくと、紬がニコニコのままで紹介してくれた。

「この人は、お友達の南さんでっす!」

 ……お友達?この40代に見えるおっさんが?

 友情に年齢はあまり関係ないとは思っているが、それにしても接点が無さそうに見えた。

 紬はヨガサークルに入っているが、講師にもヨガ仲間にも見えない。家庭教室のバイトもしているが、生徒の親御さんにしては関係性がおかしい。

 

 おっさんはスーツ姿でネクタイはなし。髪はキチッと整えていた。サラリーマンと言うにはシャツが派手で、革靴も茶色く少し汚れている。手首には、ブレスレットでもしているのか、何かがチラチラと覗いていた。

 髭はない細身の顔で、頬が少しこけている。どちらかと言うと色黒で、目力はあるおっさんだった。

「よう、お兄ちゃんが紬の彼氏か?」

 顔に似合わず高めの声だった。

「あっ、はい。大岡拓海といいます」

 椅子にどかっと座っているおっさんは、それだけでやや威圧感があったが、俺はバイトで培った接客スキルで挨拶をかえした。コンビニバイトと舐めるな。色んな客の相手をしていれば、このおっさんはレベル25くらいだ。まだヨユー。

「そうか、拓海くんか。紬が世話になっとるな」

 その言い方に違和感を覚えたが、顔には出さず、

「こちらこそ。お世話になってます」

 と返した。

「ワシはな、紬のオトモダチや。その表現が一番しっくりくる。まぁ、ヨロシクな」

 そう言って手を差し述べてきた。ゴツくて指がはまった手を掴むと、ブンブンと大きく振られた。

 その時、袖口からカラフルな模様が見えた。ブレスレットじゃなかった。入れ墨だった。

 俺はブンブンと大きく腕を動かされて、肘をテーブルにぶつけた。痛くもあったが戸惑いの方が大きく、助けを求めるようにチラッと紬を盗み見る。紬は真剣にメニューを見ていた。

「パフェ頼んじゃおうかなぁ」と呑気な事を言っている。おいっ!説明!紬とこのおっさんの説明!と精一杯のテレパシーを送ったが届くワケもなかった。

 この時点で、おっさんのレベルは60くらいに跳ね上がっていた。

 俺の戸惑いを知ってか知らずか、南さんは喋りだした。

「ワシは長年の紬のトモダチでな。かれこれ10年くらいの付き合いがある」

 それには驚いた。紬は20歳。入れ墨のおっさんと10歳から付き合いがあるってこと?なんで?長くない?その頃おっさんは恐らく30代前半だろうから……どう考えても親子の様に思えた。しかし南さんは

「ちなみに血の繋がりはないで」

 と否定した。

 紬は『血の繋がり』の部分に反応して、

「南くんと親子なワケないじゃん〜。あり得ないでしょ!」

 と南さんの胸に向かって漫才師顔負けのツッコミをしていた。俺は冷汗が出た。

「世間一般から見れば、そうにも見える年の差やろ」

 と紬に言っている。

「そんな訳な〜い」

 と信じていないようだが、俺から見てもそんな訳ある。

 南さんはため息をつくと俺の方を見た。

「紬はこういう性格やろ?変な男に捕まってないか心配でな。彼氏ができたなら、ワシに一度会わせてみ、言うて今日になっとるんじゃ」

 南さんは品定めするような目で俺をジトッと見た。入れ墨がある人からのこの視線。もう震えるしかなかった。 

 紬からそう言った人との繋がりがあるなんて、聞いたことは一度もない。ましてや家族がそう言った世界の人とも聞いたことがなかった。紬の性格を考えると嘘は苦手なので、これまでひた隠しにしていたという訳じゃないだろう。

 なら、だまされて良からぬ罠にかかっているのか?それともここは俺が標的にされているのか?ハニートラップ的な?だが俺はしがないただの学生で、金持ちでも有名人でもない。トラップにかかっても利益がある様には思えない。それとも闇バイト的な良からぬ犯罪の片棒を担がされるのか?「ちょっとこの荷物を駅のロッカーに入れてくれ」とか言われるのだろうか?

 

 俺の頭の中ではそんな考えばかりが浮かんでいた。

 南さんは何も言わず、じっと俺を見続けている。俺はゴクリとツバを飲んだ。何も聞かずに耐えるにはつらすぎる。ここは公衆の場、喫茶店。何か騒ぎになれば店員が警察を呼んでくれるはず。ならば思いきって聞いてみようと、俺は意を決した。

「……あの、ちなみに南さんと紬はどういった知り合いなんですか?」

 二人して俺を見ている。

「だから、トモダチだよ」

 紬はあっさりと言う。そうじゃなくて!入れ墨おっさんとどうやれば10歳で知り合うのかを知りたいんだよ!と言いたいのを我慢した。

 南さんは気分を害するわけでもなく、紬に言った。

「紬ぃ、大岡くんはな、そう言う意味で聞いたんじゃないで?何でこんなにも強面なおっさんと紬が知り合ったを聞いとるんじゃ」

「ああ、南くんとアタシの出会いってこと?」

 紬は南さんにそう返すと、今度は俺の方に顔を向けた。

「10歳の時、迷子になってた南くんを助けてあげたから」

 ……は?迷子?

 紬が、迷子ではなくて?南さんが、迷子?

「南くん、めちゃくちゃ方向音痴でさぁ。一本道でも迷うんよ!ありえんじゃろ!あははっ!」

 盛大に笑っている紬の前で、俺は背中に冷汗をかいた。この人を横にしてよく笑い飛ばせるな。

 南さんはバツが悪そうな顔で紬を見ていたが、俺には睨んでいるようにしか見えなかった。

「笑い過ぎじゃろ、紬。確かに方向音痴じゃけど」

 南さんは俺に向き直ると説明してくれた。

「小学生の紬に道を聞いたのがきっかけでな。色々あって、今も付き合いが続いとる」

 色々って何?そこが一番知りたいんだが。しかし、悲しいかな。俺には聞けなかった。

「そうなんですか……」

「ワシは見ての通り……社会的ブラック企業に勤めとる」

 ものは言いよう。ブラック企業ときた。

「言っておくがな、紬を何か巻き込んだ事はないで。危ない目に合わせたこともない。トモダチやからな」

 うーん。ヤクザと知り合いで何もない……。紬はクリーンな経歴で、後ろめたいことはないと言いたいのだろう。でもおっさんはきっと違う。警察とはきっと一悶着どころか百悶着はあるのだろう。

「ちなみにいうと、ワシも今はクリーンやで」

 今は、ね。はいはい。なる程……。

「そうですか……」

 俺はそれしか言えなかった。いや、これ以外に何を言えるというのか。

「まぁ、ワシの自己紹介はこれくらいじゃな。大体わかったやろ?」

 いやいや、何も分かってませんが!?今はお勤めもなく社会的ブラック企業に返り咲いているという事しか言ってませんよ?!

「紬との出会いは分かりましたかね……。それで、俺は今日、何でここに呼ばれたんでしょうか?」

「南くんとの顔合わせだよ。すいませーん!注文いいでーすかぁ?」

 呑気に店員を呼ぶ紬の言葉を、俺はドキリとして聞いた。

 顔合わせ?社会的ブラック企業との親交を深めるための顔合わせか?

 俺の顔が青くなったのだろう。南さんは前のめりになって、すかさず言った。

「別に変な勧誘とかじゃないで。そんな青ざめるな。紬、顔合わせなんて言葉使うな。そういうのは結婚決めた時に使うもんやぞ?」

「そうなん?南くんはよく使ってるじゃん」

「あれは隠語じゃ。表立ってはあんまり使わん言葉なんじゃけ、控えろや」

「分かったぁ」

 南さん多少の常識?があるようだ。紬よりは余程正しいことを言っている。

 南さんは紬に注意をすると、俺を見た。

「さっきも言ったがな、ワシは紬の彼氏を見に来ただけじゃ。頭のネジが何本かない紬がどんな男に捕まったんか、見てみとうてな。トモダチとしての心配じゃ」

 まぁ、確かに紬は少しズレている所がある。信念だけはあるので、一度決めたら曲げないのが凄い奴なのだ。

「一般的に見ると、確かにズレとる所はありますけど……。芯はブレない性格だとは思ってます」

 そう言うと、南さんは顔の緊張を解いたように見えた。フーっと嘆息すると、椅子の背もたれに寄りかかった。

「……そうか。なら、紬の事を頼むわ」

 俺はきょとんとした。

 紬は「あれ?合格?」と南さんを驚いた顔で見ている。

「まぁな」

 よく分からないが、合格したらしい。何に?

「じゃけど、これからも時々連絡してもらえるか?もう少し付き合ってみんと、見えてこんからなぁ」

「オッケー」

 気軽に返事をするな!俺の同意は?というか、紬は何も説明してないだろ!

「そう言う訳で、大岡くん。これからヨロシクな」

 俺はわけもわからず、目を点にしていた。

 

この日から、俺と彼女とおっさんの奇妙な3人の関係が始まったのだった。

  

 

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