第四章「敵に回す」 7/8
倉庫裏にある一室――いわゆる「空き部屋」に向かって、俺たちはずるずると歩かされていた。
両脇を固められているせいで身動きは一切取れず、走るどころか、自分の足で歩いている実感すら薄い。
本来ならここまで距離はない。
だが、たらし野郎の安否が頭をよぎるたび、一歩一歩がやけに長く感じられた。
途中、刑務官とすれ違う。
こちらに一瞬だけ視線を寄こしたものの、何事もなかったかのように素通りしていく。
(……見て見ぬふりかよ)
こっからどう挽回するか――そんな算段を必死に巡らせているうちに、目的地に着いた。
ジェイクが乱暴にドアノブを回し、扉を押し開ける。
中は薄暗く、見通しも悪い。
棚や床には埃がうっすら積もり、いかにも長いあいだ手入れされていない部屋だった。
そして、その中央付近。
簡易の椅子に縄でぐるぐるに縛り付けられ、身動き一つ取れないたらし野郎の姿があった。
「たらし野郎、無事か!」
「キ、キンパツ、泥女!? たっ、助けてくれぇ!
急に連れてかれたと思ったら、気付いたらこのザマだよ……もう散々だ!」
パッと見た限り、外傷はほとんどない。とりあえず、命に別状はなさそうで胸をなで下ろす。
「安心しろよぉ? 縛られるのはお前一人じゃねぇからよぉ。
――おい、カス共。例の準備を始めろ」
ジェイクが顎をしゃくると、手下どもが動き出す。
泥女は無理やり引きずられ、たらし野郎の隣に置かれた椅子へと押し込まれ、そのまま縄で固定された。
俺は二人の姿がよく見える位置で、成人男二人がかりでがっちり羽交い締めにされる。
「離しやがれッ! クソがッ!」
力任せに腕を振りほどこうとするが、がっちりとホールドされていてビクともしない。
おまけにこの部屋にも安全想具が展開されているらしく、想具を呼び出す感覚もまったくない。
「何? アンタ欲求不満なの?
監獄で溜まってるからって、そんなに発情しないでくれる?」
こんな状況でもジェイクに悪態をつけるあたり、泥女の肝の据わり方は相変わらずだ。
だが、その挑発もジェイクは鼻で笑って受け流し、一番奥にあるくたびれたソファへとドカッと腰を下ろす。
「――よし。全ての準備は整った。
これより、カス共への“罰”を執行する」
わざとらしく咳払いをしてから、ゆっくりと言葉を続ける。
「知っての通り、この三人は俺に歯向かった非国民だ。
ゆえに、この国で最も権力を持つ俺が――正当な刑を下してやるってワケだ」
「お前が権力持ってるわけじゃねぇだろ。自惚れんのも大概にしとけよッ!」
「おぉ~おぉ~、まだまだ息巻いてんなぁ? こりゃあ、いたぶり甲斐がありそうだ」
泥女とたらし野郎は椅子に縛り付け。
俺は二人が見える位置で羽交い締め。
この配置ってことは、おそらくこの後――俺が拷問される。
見せしめにして、あの二人に恐怖を植え付け、この先言うことを聞かせる。
普通に考えればそんな筋書きだ。だからこそ、今のうちに煽れるだけ煽っておく。
たらし野郎は不安そうに、泥女は殺気のこもった目でジェイクをにらみつけていた。
「――じゃあ、カス共。さっさと始めろ」
ジェイクの合図で、がたいのいい男の一人が俺の目の前まで歩いてきて――
そのまま俺に背を向け、たらし野郎の正面へと回り込んだ。
(……なんで、そっちに――)
違和感を覚える暇もない。
次の瞬間には、たらし野郎の顔面に無慈悲な拳が叩き込まれていた。
「ごぉッ!」
鈍い音とともに椅子ごとぐらりと揺れ、鼻から血が噴き出す。
だが、男は構わず拳を振り下ろし続けた。
一発、二発、三発――何度も、何度も。
その光景を、至近距離で見せつけられた俺は、頭の中が真っ白になる。
「やめろ、てめぇッ!! 離せッ!!!!!」
拘束されている腕を無理やり振りほどこうと、全身に力を込めて暴れる。
目の前の一方的な暴力を止める、それだけを考えて。
だが、成人男性二人がかりで押さえられている今の俺には、どうすることもできなかった。
「ちょっとッ!! やめなさいよッ!!」
隣で椅子ごと固定されている泥女も、飛び跳ねるように体を揺らしながら、少しでも距離を詰めようとする。
そこに、別の男がのそりと近づいた。
指をぽきぽき鳴らしている時点で、何をしようとしているかは火を見るより明らかだ。
その動きを、ジェイクが後ろから制した。
「おい、そこのカス。
女に関しては傷を入れるな。後で楽しむときに萎えるからなぁ?
……代わりに、“アレ”を使え」
男が俺の視界から外れ、部屋の隅でガサゴソと荷物を漁る音がした。
続いて、水が注がれるチャプチャプという音。
その音だけで、嫌な予感しかしなかった。
やがて、男が戻ってくる。
両手には水の入った大きな樽と、バチバチと青い火花を散らす
「ちょ、何する気よ、アンタ……っ!?」
ろくに動けない泥女の頭上から、水が容赦なくぶちまけられる。
囚人服は一瞬で全身に張り付き、冷たさに泥女の肩がびくりと震えた。
部屋のあちこちから、下卑た笑いや口笛が漏れる。
そして――電流を帯びた想具が、そのまま泥女の体へ押し当てられた。
「あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁッ!!!!!」
焼け付くような音と、耳を裂く悲鳴。
その声を聞いた瞬間、俺の中で何かが切れた。
「やめろぉッ!! クソがッ!! 離せっつってんだろぉ!!!!!」
そこにいつもの俺はなく、ただ獣みたいに吠え、暴れることしかできない何かだった。
何度も殴られるたらし野郎。
電撃で体を跳ねさせられる泥女。
その二人を見せつけられながら、俺はジェイクに叫ばずにはいられなかった。
「俺を狙えよッ!!! こいつらは関係ねぇだろうがッ!!!」
「ケッハッハッ!! それじゃ意味ねぇんだよ」
ソファにもたれかかったまま、ジェイクは愉快そうに笑う。
「お前みたいな跳ねっ返りはよぉ、どんだけ自分がブチのめされようが懲りねぇ。
むしろ、どうやってやり返してやろうかって、コソコソ考えるタチだろ?」
心臓を掴まれたみたいに、言葉が詰まる。
「けどな、自分のことなんざ後回しで動くバカほど……仲間がいたぶられてる方が効くんだよ。なぁ?」
「てめぇッ!! ぶっ殺す……ぜってぇにぶっ殺すッ!!!」
背後にいるジェイクの顔は見えない。
だからこそ、狭い部屋中に響き渡るくらいの声で叫んだ。
「クハハッ。いつもの冷静さはどこ行っちまったんだぁ?
いいねぇ、もっと聞かせろや。
――おい、カス共。さっさと続きをやれ。
この俺を敵に回したことを……思い知らせてやらねぇとなぁ?」
命令と同時に、再び拳が振り下ろされ、電流が走る。
たらし野郎のうめき声と、泥女の押し殺した悲鳴が、何度も何度も耳に叩き込まれる。
終わりの見えない、地獄みたいな時間。
俺は必死に抵抗を続けながら――それでも、ただ見ていることしかできなかった。
* * *
もうすぐ昼休憩が終わろうとしている頃、囚人番号0131さんに向けられた冷たい視線が、ふと脳裏によぎった。
買っておいたお弁当も喉を通らない。
今もなお、何が正しいのか分からないままだからだ。
いつまで私は、目をそらし続けていればいいのでしょうか――。
そんなとき、ふと視界の端に、お姉ちゃんの形見のリボンが映った。
「私、どうしたらいいのでしょうか……お姉ちゃん」
そっと問いかけても、当然、答えは返ってこない。
――だから今は悩み抜け。納得いく答えが見つかったら、そのとき教えてくれりゃいい。
ケントさんが言ってくれた言葉が、頭の中でよみがえる。
私がどう判断するのか、悩み抜く時間をくれたのだ。
(でも、あの人なら……きっと、考える前に行動してしまうのでしょうね)
少しだけ、そんなところを羨ましいとさえ思ってしまった、そのとき――
近くのテーブルで話していた刑務官たちの会話が、耳に飛び込んできた。
「ジェイク様、アイツらをどこへ連れて行ったんでしょうかね」
“アイツら”――その言葉に、胸の奥がざわつく。
「あの、すみません! 今の話、詳しく聞かせてもらってもいいですか!」
思わず席を立ち、机に身を乗り出していた。
「え!? いや~……その、ジェイク様から『俺を見ても他言無用だ』って言われてまして……」
「私は三大貴族ブレイズロット家の者です。今すぐ教えてくださいッ!」
本当は、こんなことでブレイズロット家の権威なんて使いたくなかった。
けれど、今は状況が状況だ。一刻を争う。
刑務官はあからさまに青ざめ、慌てて口を開いた。
「は、はいッ! 最後に見たのは、第三男子トイレ付近です!
その……このことは、くれぐれもご内密に……」
「ありがとうございますっ!」
気がついたときには、もう椅子から立ち上がっていた。
頭で整理するより早く、体が勝手に動いている。
これではまるで、あの人のようだ。
今、私がしようとしていることは、これまでの“私”の在り方を否定する行為かもしれない。それにまだ、自分の中にある正しい答えなんて、はっきり見えていない。
――それでも。
もう、後悔だけは繰り返したくない。
私はリボンにそっと触れ、きゅっと結び直すと、第三男子トイレのある棟へ向かって駆け出した。
* * *
あれから、どれだけの時間がたっただろうか。
たらし野郎は顔が膨れ上がり、口から血を垂らしている。泥女はもう、顔を上げようともしない。
そして、そんな二人をずっと間近で見続けさせられた俺は――叫ぶ気力すら、残っていなかった。
「おいおい、静かになったもんだなぁ。キンパツくぅ~ん? 聞こえてますかぁ?」
もう暴れる力も出てこない。
大切な仲間たちが俺のせいで傷つけられ、何もできない無力感だけが胸の内側を削っていく。
ジェイクの煽りにすら、反応できなかった。
「もう……やめてくれ……」
俺の意思とは関係なく、口が勝手にそうこぼしていた。
「あ? “やめてくれ”だと? それが人にモノ頼む態度かよぉ、なぁ!?」
ジェイクが欲しがっているモノは分かっている。
歯を食いしばり、拳から血がにじむほど強く握り込んで――俺はプライドを飲み込んだ。
「……やめて……くだ……さ…い……!」
「ケッハッハッ!!! あっけねぇ幕切れだなぁ?
とはいえ、俺は貴族だ。クソ親父と違って、
そう言って、ジェイクは気絶している泥女と、意識が飛びかけているたらし野郎に声をかける。
「チャラ男、マゾ女。テメェらにチャンスをやる。
今こんな仕打ち受けてんのは、知っての通りぜ~~~んぶキンパツのせいだ。
そもそもコイツがクソ親父をぶん殴ってなきゃ、こんなことにはなってねぇんだよ。
なのにキンパツは見てるだけ。痛い思いも何もしてねぇ。ずるいよなぁ? 憎いよなぁ? 妬ましいよなぁ?」
「故に、今からキンパツにありったけの暴言を浴びせて、この俺に忠誠を誓え。
そうすりゃ助けてやるよ。寛大な俺に感謝しろ」
こいつは本当に――人の嫌がるツボを突くのが上手い。
俺がどういうところを一番えぐられるのか、分かってやってやがる。
そして、ぐったりしていた泥女が、ふらつきながらも顔を上げ、俺をにらみつけてきた。
「……ホントね。アタシはただ、半年の刑期を全うしたかっただけなのに。
アンタが余計なことしたせいで、ジェイクが収監されて……目をつけられて……散々だわ」
その怒りを、俺は受け止めなきゃならない。
泥女も、たらし野郎も、俺の軽率な行動に巻き込まれた被害者だ。だからこそ、しっかりと目を見据える。
「だから――ハッキリ言うわ。……ぃ……と」
声はあまりにも細く、今にも途切れそうだった。
電流を浴びすぎて、舌がうまく回らないのかもしれない。
遠くにいるジェイクには、余計に聞き取りづらかったのだろう。苛立った声で怒鳴りつける。
「声がちいせぇんだよッ!! 聞こえるように喋れッ!!」
「――――ルビイリス・ゼレット」
泥女が、誰かの名前のような言葉をはっきりと口にした瞬間――
耳をつんざく警報が鳴り響いた。
今まで聞いたことのない、違反者を検知したときのアラーム音。
唐突な音に一瞬思考が飛んだが、その意味に……すぐに思い至る。
「テメェ……何をした?」
「何って、アタシの“名前”を言っただけよ。意味、分かるでしょ?
アンタに忠誠誓うくらいなら、懲罰房の方がマシだって言ってんのよ、バ~~~カ」
そう言い放ち、泥女――ルビイリスは、挑発的な笑みを浮かべて舌を突き出した。
それを聞いて、隣でボロボロになっていた男も黙ってはいない。
「クッソォ……オレはいっつもツイてねぇ……。
可愛い女の子が貴族だったり、変なキンパツに巻き込まれたりよぉ!!
今だってそうだ。もう残ってる道は地獄しかねぇ!!
でもな……同じ地獄なら、まだ楽な方を選んでやらぁ!!」
「よく聞けよッ!! オレの名は――アレクシード・グルーバーだぁあああッ!!」
たらし野郎――アレクシードの叫びに呼応するように、警報が二重に重なる。
輪唱みたいに鳴り止まないアラームが、ジェイクはもちろん、部屋にいる囚人たちの神経を逆なでしていく。
そんな二人の姿を見て、気づけば俺の口元にも笑みが浮かんでいた。
「ははっ……バカだろお前ら」
なら、俺も――やることは一つだ。
大きく息を吸い込んで、胸を張り、その名を叫ぶ。
「ケント・ベルウォードッ!!!」
二重奏だった警報を三重奏に、反逆の狼煙を上げた自己紹介を披露する。
ただ少々、不協和音で受けが悪かったらしい。
ジェイクも取り巻きも露骨に顔をゆがめていた。
ひとしきり鳴り終わったあと、ジェイクは冷笑混じりに告げる。
「残念だったなぁ? テメェらカス共が何をしようが、ここには誰も来ねぇ。全部無駄なんだよぉ!ロウガーデンに仇なす奴なんて、いるわけねぇからなぁ!?」
その通りだ、ジェイク。
普通なら誰も来ない。
――だが、俺は信じる。きっとアイツなら……駆けつけてくれる、と。
次の瞬間、扉が勢いよく蹴り破られた。
もともと立て付けが悪かったのか、ドアごと外れて吹っ飛び――ツイてない男の後頭部にクリーンヒットする。
「あがっ!?」
椅子に縛りつけられたまま前に倒れ、そのまま白目をむいて気絶した。
だがそれよりも――俺は、吹き飛んだドアの向こうに立つ人物へ視線を向ける。
それが誰なのかは、言うまでもない。
「おいおいおいおい……どういうつもりだぁ、クレリアァ!!!」
ここにきて、ついにジェイクが露骨に焦りを見せた。
「どういうつもりも何も、私はただ……この違反者三名を懲罰房に連行するために来ただけですよ。
それともう一つ、ここで囚人に暴行を加えていた貴方たちに対して――さらなる刑を科すために、です」
「クソ親父への恩を仇で返す気かぁ! あぁ!?」
「それについては……そうですね。
まだ、自分の気持ちをうまく整理できてはいません。
でも、誰かさんに似てしまったのか……考えるより先に、身体の方が動いてしまいました♪」
そう言って、クレリアはこっちに向かってウィンクしてみせる。
その誰かさんには、後で盛大に礼でも言っといてやるか。
その間にも、俺の右腕を押さえていた男がうろたえ、ジェイクに助け舟を求める。
「ジェイク様……どうしたら……? 俺、これ以上刑期増えたら――」
「よそ見してんじゃねぇ!!!!」
その怒鳴り声は、完全に遅かった。
右腕がほんのわずかに自由になった一瞬を、俺は見逃さない。
すかさず、顎めがけて我流・
男の意識が落ち、右半身が自由になった勢いのまま、我流・輪舞で体をねじりながら回転。
動揺して手を離した左側にいるもう一人のうなじへ、右肘を叩き込んだ。
ようやく、全身が自由になる。
慌てふためいた囚人たちが、じりじりと部屋の隅へ追い詰められるように下がっていくのが見えた。
そして俺は、さっきジェイクが言い放った言葉を、訂正してやることにした。
「ジェイクよぉ。さっきてめぇ、言ってたよな?
“この俺を敵に回した”とかなんとか」
それは、とんでもない勘違いだ。人差し指を奴に向け、はっきりと言い切る。
「ちげぇよ――てめぇが俺たちを敵に回したんだ」
運悪くドア直撃で泡を吹き、気絶しているアレクシード・グルーバー。
挑発的な笑みを崩さず、舌を出しているルビイリス・ゼレット。
まだ答えは出せていないが、それでも後悔のない選択をしたクレリア・ブレイズロット。
そして――諸悪の根源ロウガーデン家に牙を剝くケント・ベルウォード。
四人の視線が、しっかりとジェイクを射抜いていた。
「この借りは、きっちり返させてもらうぜ。親子まとめてな」
こうして俺たち三人――ケント、ルビイリス、アレクシードは、クレリアによって“違反者”として懲罰房にぶち込まれることになるのだった。
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