若きショーペンハウエルのぼやき

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第1話 私の日常について

 朝は、いつも理由もなくやってくる。

 正確に言えば、理由はある。地球が自転しており、太陽との位置関係が変わるからだ。しかしそれは説明であって、納得ではない。私は今日も、納得しないまま目を覚ました。


 天井を見上げながら、しばらく動かなかった。

 動かなくても世界は進む。進むが、良くはならない。それがこの世界の基本仕様だ。にもかかわらず、人々は毎朝「今日こそは」と思い込む。あの楽観性はいったいどこから湧いてくるのか。私には、理解できない。


 足元で、アートマンが尻尾を床に打ちつけていた。

 起きろ、という意味だろう。あるいは、意味などないのかもしれない。彼は意味を必要としない存在だ。そこがいい。


 私は仕方なく起き上がり、散歩の準備をした。

 服を着るという行為一つ取っても、人間は実に忙しい。寒さを防ぐ、社会的体裁を守る、自己像を演出する。犬にはそのどれも必要ない。彼は裸で完全だ。私は着込んで不完全だ。


 外に出ると、朝の街はすでに騒がしかった。

 ランニングをする人、スマートフォンを見ながら歩く人、イヤホンで何かに没頭している人。皆、自分がどこかへ向かっていると信じている顔をしている。方向があるという信仰ほど、人を元気にするものはない。


 掲示板に貼られたポスターが目に入った。

「幸せになろう」「自分を好きになろう」「前向きに生きよう」。

 どうして人は、他人に幸福を強要したがるのだろうか。幸福とは本来、静かに失敗する権利のはずだ。叫ばれる時点で、すでに不自然だ。


 アートマンは電柱の匂いを嗅いでいた。

 昨日と同じ電柱だ。だが彼は真剣だ。昨日の匂いと今日の匂いは違う。世界は常に更新されている。無意味な差異の連続として。私はそれを「生存意志」と呼んだ。彼は呼ばない。ただ嗅ぐ。


 ベンチに座り、スマートフォンを取り出す。

 SNSには、努力と成功と感謝が溢れていた。

 努力しました。夢が叶いました。周りのおかげです。

 誰もが自分の物語を、うまく編集して公開している。失敗は下書きのまま、二度と投稿されない。


 私は画面を閉じた。

 評価されないと落ち込むくせに、評価の場を憎んでいる。この矛盾が、私を最もよく表している。承認欲求を軽蔑しながら、承認されないと普通に傷つく。なんと人間的なのだろう。救いがない。


 ふと、昔の自分のことを思い出した。

 かつて私は、世界を見抜いたつもりでいた。意志、表象、苦。すべてを言葉にし、体系にし、真理に触れた気でいた。だが今の私は、無職に近く、誰にも読まれず、犬の散歩が一日のハイライトだ。


 それでも、アートマンがこちらを見上げると、少しだけ黙ってしまう。

 彼は何も期待していない。失望もしない。ただ、今ここにいる。それができない生き物が、人間なのだろう。


 帰り道、書店の前を通った。

 新刊コーナーには、分厚い哲学書が並んでいた。体系的で、完成された顔をしている。私はその背表紙を見て、嫌な予感がした。


 どうせまた、あいつだ。

 歴史を「進歩」と呼び、世界を「合理」と言い換え、皆を納得させた男。

 分かりやすい嘘で、世界を丸め込んだ男。


 ……なぜ、評価されたのが私ではなく、ヘーゲルなんだ。


 そう思った瞬間、アートマンが尻尾を振った。

 まったく、世界は最悪だ。

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