婚約破棄は偶然じゃありません!帝国の裏仕事です
藤之恵
第1話 ラスカリナの婚約破棄
ヴァル=カディール王国は帝国の北西に位置し、厳しい山々に囲まれていた。
自然と調和するように建てられら王城は優美で知られ旅人の目を楽しませている。
そんな王城に相応しくない声が響き渡っていた。
「ラスカリナ・フォン・リーベンヴァルト、お前との婚約破棄は破棄させてもらう!」
いきなり呼び出された国王陛下の執務室。そこには国王陛下であるルートヴィヒ以外に、レオンハルトが待ち構えていた。そして、この仕打ちである。
「は……何を仰っているのですか! レオンハルトさまっ」
ラスカリナ・フォン・リーベンヴァルトは、リーベンヴァルト伯爵の長女だ。
ヴァル=カディール王国では、魔境から現れる魔物を討つことが貴族の務めである。
リーベンヴァルト家は、伯爵なれどその最前線に立ち続けてきた騎士の家だ。
ラスカリナも女だけれど、騎士道を尊ぶ家訓は忘れずに成長してきた。
「この婚約は王家と我が家の盟約です。それを一方的に破棄などありえません」
「そういう所が小うるさいのだ。ラスカリナよ」
レオンハルトは片手を上げると呆れたように小首を傾げた。王の前だと言うのに独り舞台を見ている気分だ。
細い体躯に目を細める。ヴァル=カディール王国の王族は魔物討伐を行うのが習わしだ。
だが、この王子は未だに一度も討伐に行かず、代わりにラスカリナが行っている始末だった。
レオンハルトは得意げに顎を上げる。それから後ろに座る国王へと振り返った。
「これは一方的な婚約破棄などではない。父上も了承してくれている」
「そんなっ……」
あり得ない。
目を見開いたラスカリナの視界に淡い金色の髪を揺らした令嬢が飛び込んでくる。
あまつさえ、その令嬢はレオンハルトの隣に立つとピタリと寄り添った。
「私はエルザと真実の愛を見つけたのだ」
「ラスカリナさま、申し訳ありません。これも愛ゆえなのです」
「エルザ・フォン・ナディル」
慇懃無礼に言い放つ女をラスカリナはよく知っていた。
国のための務めを何も果たさず、レオンハルトと遊んでいた女。養子としてナディル家に入り、あっという間にレオンハルトに取り入った。
彼女のせいで王子の放蕩はさらに酷くなったのだ。
「あら、怖い。伯爵令嬢さまがそんな顔をなさってはいけませんわ」
ラスカリナの視線から隠れるように扇を広げ、エルザはレオンハルトに身を寄せる。
その仕草を憎々しく見つめていると、扇の奥でエルザが笑った。
ラスカリナの苛つきのまま言葉が飛び出していった。
「あなたは、この国のために働けるのですか?!」
「ええ、わたくしはこの国のために存分に働く所存ですわ」
何を馬鹿な。遊ぶしか能のない人間が。
ラスカリナの無言の圧力にエルザはただ扇を揺らすだけ。
それもレオンハルトに遮られる。
「エルザを睨むな! これだから騎士道に塗れた女などいらぬのだ」
「なっ、騎士道はこのヴァル=カディールの要です」
「そんな古のことなど知らぬっ」
「レオンハルトさま!」
それは王子が一番言ってはならぬ言葉だ。
レオンハルトはまだしも国王陛下は、魔物討伐の義務も果たしている。
これまでであれば、レオンハルトの方が叱責されていた。
「とにかく、お前との婚約は破棄された。今までのエルザへの仕打ちもわかっている」
「仕打ち? 何のことでしょうか?」
「エルザへの仕打ちを知らぬとは言わせんぞ! お前は王族への不敬罪として国外追放を申し渡す!」
「そんな、ありえません!」
エルザへ何かしたことはない。わざわざ何かする必要さえ感じていなかった。
ましてや、それが王族への不敬罪になるなど聞いたこともない。
睨み合うラスカリナと王子の間に天の声が降ってきた。
「ラスカリナ・フォン・リーベンヴァルト嬢、お主と王太子の婚約は破棄された。追って沙汰を言い渡す。家で待っていろ」
「国王陛下」
それは残酷な宣言だった。
王子の言葉が真実であると思われているのだ。
「わかりました」
言いたいことを山ほど抑えて頷き、臣下の礼をとる。だが――これだけは言わねばならない。
「ですが、決して、私は騎士道に悖るようなことはいたしておりません」
「下がれ」
国王陛下が軽く手を挙げる。
それが合図だった。
「失礼いたします」
ラスカリナは胸の奥からこみ上げる熱い感情に蓋をした。
それが悔しさなのか苛立ちなのか、それさえも分からぬまま。
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