お題フェスに則って哲学してみようへの応援コメント
うっかりミスだと思いますが、「無知の知」も「対話を重視」もプラトンではなく、プラトンの師のソクラテスです。
とは言え、わたしたちが知るソクラテスについての文章は、プラトンが残した手紙に依拠しているため、ソクラテス🟰プラトンの創作人物というつのりで書いていたら、それは確かにそうなのですが。
(この辺り、ホームズとワトソンの関係っぽくて面白いですね。わたしたちは名探偵ホームズをワトソンが書いた物語でしか知りません。実はあの物語はすべてワトソン一人で事件を解決し、頭の中で冴えた推理をする別人格をホームズと擬人化して呼んでいたのかも知れません)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
確かにそうですね!目の前にプラトン『対話篇』を置いていたので名前が引っ張られてしまいました!
お題フェスに則って哲学してみようへの応援コメント
未知は、未だ知っていない状態。その視線は外に向いている。
一方、無知は、知が無い。自身の内側へ向いている。違いはここにあるのではないだろうか。
ソクラテスの「無知の知」は無知であるということを自覚することによって「既知の未知」へと移行する。
この以降を象限移動と捉えた時、その瞬間が創作におけるドラマの転換期と言える。
すると四象限で回転させたくなる。
知っている/知らないの軸に、理解できる/できないという軸を交差させてみる。
第一象限:知っている×理解できる。これは日常、技術、説明可能な現実。
第二象限:知らない×理解できる。未読の本、解かれていないパズル。
第三象限:知らない×理解できない。スピリチュアルや心霊など。
第四象限:知っている×理解できない。量子力学など高度な学問。
第二象限から第一象限に移行するのがミステリー。
第四象限が純文学の領域、第三象限がホラー。こんな風に整理でき、象限移動で見せ方も変わるのではないか。そんなことを考えてみました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「未知」に対して真剣に分析して下さりありがとうございます。
知らないということを自覚してその後「理解する」という作業に成功した場合と成功しない場合でこの4つの象限に分けられそうですね。